THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第5章(6)

2010年08月19日 07時49分
 【大紀元日本8月19日】

2.「両親である父母といえども、党ほど親しくはない」

 今日の多くの中国人にとって言えば、「父母といえども、党ほど親しくはない」と言うスローガンは、すでに滑稽なことである。今日の中共はほとんど直接このスローガンを言うことがなくなっている。その理由は、ただ国民はこの種の赤裸々の洗脳に反感しているだけではなく、同時に、長期に亘り表裏ともにこの種の宣伝により、人々はこのスローガンの背後に表現しようとする内容をすでに受け入れているからだ。例えば、人々が心の中で知らず知らずに党と祖国とが同等であると考えているとき、中共はただ愛国主義や、「長江の歌」などを宣伝さえすれば、人々はすでに無意識的に党を連想してしまうのである。「父母といえども、党ほど親しくはない」の宣伝は、依然として今日の人々の思惟に深く影響を与えている。

 ここでは、「父母といえども、党ほど親しくはない」このスローガンを如何に作り出し、そして如何にその宣伝目的を達成したのかを見てみよう。

 1)種々の表現形式として現れる宣伝

 全てといっていいほど、つぎのようなシーンが「革命映画」の中で登場する。「英雄たる人物」は負傷し、死ぬ前にポケットの中を色々探り、自分の最後の党費あるいは入党申請書を出して周りの人に委託する。この類の場面を一遍一遍に重複させると、その目的はだた一つ、「父母といえども、党ほど親しくはない」と言う主題を強化するだけである。一般的に正常な人は他界する前に思い出すのは自分の父母や妻子であろう。しかし、党の宣伝の中に登場する人物が思い出すのは自分の親情ではなく、父母より親しくなる「党」である。自己が最後の所持品を党に渡して初めて安心できるのだ。

 軍隊と関連のある作品の中では、往々にして指導員と政委(政治委員)は如何に兵士のことに心をかけ、兵士を思いやってあれこれを尋ね、家庭の中の困難なことを解決しようとするような些細な場面が登場する。最後に、兵士の口から、部隊は「大家庭」、大溶炉、自分は「大家庭」の中で「成長」、「進歩」する。「大家庭」の父母となるものは、当然「党組織」そのものである。地方の生活を反映する作品では、良いことは往々にして「優秀党員」のできごと、党委書記は生活、結婚、家庭、住宅、出産、人間関係などに心をかけ、最後に大体最年配「支部書記」が「大局」を取り仕切って、問題を解決する。明に暗にして有事のときは、「党組織」に頼もう、党組織を信用せよ、党の思惟方式に信用させ、無意識に「父母といえども、党ほど親しくはない」という主題に帰結させる。

 多くの旋律の優美な歌曲も、その歌詞の中にも明に暗に表現しようとする主題はやはり「父母といえども、党ほど親しくはない」というものである。「青空に白雲がゆらゆらと流れ、白雲の下に馬が走り、鞭を振り鞭声は四方へ響き渡り、百鳥一斉に飛び上がり……」(「不落の太陽が昇る草原」という曲の歌詞)人々がこの民族気質溢れる曲を歌うときに浮かべるのが「風を吹く草原に満ちる牛羊」といったような草原風景であろう。しかし、これは話の初めに過ぎないである。曲の最後の一言は本当の主題:「毛沢東・共産党、我々を育て、草原に不落の太陽が昇る」となる。「2本櫂を一緒に漕ぎよう」という曲は、その旋律は大変美しく、多くに人々に魅了された。「小舟は波浪を切り開き、海面に逆さに映った白塔の影、周りは緑樹と赤壁が囲み」、人々が詩や画のような境地を楽しむ傍らに、あんまり気にしないこの一言:「教えてくれよ、我が友、誰がこの幸せな生活を安排してくれただろうか」。当然父母が自分の生活を安排してくれているのがどの子供でも知っている。しかしこの一言の問いは、より深い意味において、「父母よりも親しい党がこの幸せな生活を安排してくれた」を表現したいだろう。

 中共の宣伝の中には典型的な模範を樹立することが好きである。当然これら良いことをする人は皆党、団(共産主義青年団)員である。如何なる社会においても善良なる人々が存在しているが、しかし、中共の社会は良い人を「党組織」に引き込むことを好んである。同時に宣伝を通じて党員の中から「良い人良いこと」を引っ張り出すことも好んでいる。人々が人性の善良な一面の下でできた良いことや民衆の生活に心をかけているできことなどを大げさに宣伝し、拡大させて、その理由は共産党に入党しているからだ、党性が大きな作用を果たしたと帰結する。これらの良いことをできたのはまさに党による教育の結果であるというのだ。「一人の共産党員の愛の最高境地は人民を愛することだ」等等。党に「心かけ」をもたされた人々に態度表明をさせる。「新中国で生まれ、紅旗の下で育てられ、絶えず社会主義大家庭の温かさを感じ取る」。宣伝の中でこれらのことを鼓吹する目的はただ一つ、共産党こそ真に民衆に心をかけ、この種の捧げは父母愛よりを超えるもので、言わば、「父母といえども、党ほど親しくはない」ということだ。

 中共は社会の各方面の資源を収奪し独占している。通学、仕事、婚姻家庭、衣食住、生老病死はすべて中共の厳密なコントロールの中で行われる。そうした中で、中共は宣伝を通じて色んな概念を混乱させる。例えば、正常な社会の人々のあって当たり前の生活環境をすべて「党」あるいは「政府」が与えられた福利であるという。父母より命を授け、労働によって収入をもらうなどのことを忘れさせて、是を非にするような党文化思惟を作り上げる。次のような例がある。「我々の党がなければ、今日の良き日々はあるまい」「やはり党の富民政策は良い」「改革の春風は大地に吹き満ちる」。ちょっとした良いこと、生活水準が高めたのはすべて党によるものだ。中に表現したいのはやはり「父母といえども、党ほど親しくはない」なのだ。

 宣伝の中、功績・恩徳を讃えるだけではなく、良くないこと、例えば社会の貧富の差、汚職腐敗、社会乱れ現象、自然災害等等はすべて中共によって手を加えられる。例えばテレビの中の「貧困扶助」「官僚視察」「温かみを送る」、政府関連のHPでのトップニュースは必ず「腐敗を反対」する硬い決心、××リーダ「洪水と戦い勝利」、「サーズと戦い勝利」等等である。これらの宣伝をすべて民衆の日ごろの苦しみを自己の頭上の冠の飾りに変える。《焦点訪談》というテレビ番組の中で種々の社会的不公平を暴露した後、人々が日ごろの社会に対する不満を発散した後、最後に登場する人物は必ず党や政府の「各級関連部門」である。宣伝の中で良さを報道し悪さを隠蔽する腕前は更に熟練になり、どんなに悪いことであっても、最後に必ず「党の××政策を着実に実施さえすれば、問題は必ず解決する」。これらの宣伝の主題は党が至るところにあり、できないことはない。民衆の日常生活の中での如何なる問題をも解決することに心をかけている。これは父母にも及ばないことだ。まさに「父母といえども、党ほど親しくはない」のだ。

北京ではSARSに対応させるため、急遽若者を入党させた。上海では江沢民が「避難」のために逃げた(大紀元)

(続く)

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