THE EPOCH TIMES

高智晟著『神とともに戦う』(47) 障害児の無念を晴らすために②

2010年09月26日 07時00分
 【大紀元日本9月26日】この案件を7月末に引き受けてから、私は電話で現地に指示を出し調査を始めた。こうした地道な調査で、合わせて13の証拠を入手した。11月3日、私は助手を連れて瀋陽に行き、そこからすぐ夜汽車に乗り継いで丹東市へと向かった。時間の節約のため、我々は行商人用の車両に乗ることにした。雑然としているものの、安いからである。

 丹東駅で下りた私の目にまず飛び込んできたのは、「新疆の高先生、ようこそ」と書かれた札を手に掲げる子供の祖母の姿だった。これには私も痛く感動した。というのも先方を煩わせまいと、丹東に着く日時を知らせていなかったのだが、祖母は11月1日から毎日、あの札を手に駅で私を待っていたのである。

 私が感動をかみしめていたちょうどその時、祖母は逆に私を見てかなり不安になったという。後に私と気の置けない仲になると、その時の気持ちを率直に話してくれた。「背広と革靴でびしっと決めた、あんな偉そうな人は、自分たちにとって雲の上の存在。本当に自分らのような貧乏人を助けてくれるのだろうか」と思ったそうだ。

 我々が丹東で泊まったのは、1泊15元の安宿だった。真昼間から鼠が廊下を大きな顔で駆け回っている。この様子にショックを受けた私の助手は、従業員になぜこれほど多くの鼠がいるのかと尋ねた。従業員はユーモアたっぷりに「お嬢さん、ご安心下さい。この下は中学校の厨房なので、昼間は食べ物をあさりに来ますけど、夜になれば鼠だってこんなボロ宿から退散しますよ」と返した。

 中国の東北地方は寒さが厳しいため、食堂のご飯から包子(パオズ)、粥(かゆ)までどれも冷めていた。祖母から「東北はいかがですか」と聞かれた私は、「おばあさんの熱意以外、何もかも冷たいね」と答えた。

 11月5日から、急ピッチで我々の仕事が進められた。私がこの件にかかわる前、障害を負ったこの子はかつて、「周鉄嘴(訳注、「鉄嘴」は鉄の口の意で、ここでは弁護士として能弁であることを指す)」と呼ばれる、地元ではかなり有名な弁護士を雇ったことがあるという。1千元の報酬で引き受けた周弁護士は、病院に8千元の賠償請求をした。だがこの8千元の案件は裁判所に6年も塩漬けにされた上、周弁護士はそのまま高飛びしてしまった。その一方で、被告は16万元も払って東北の一流の弁護士を雇い、「裁判のために100万元使ったとしても、子供には1銭たりとも払いはしない」と言ってのけた。けれど一連の調査や証拠集め、計算を通じて、私は本件の賠償額は8千元をはるかに超えることに気付いた。そこで祖母には賠償請求額を70万元(その内、精神的な苦痛に対する賠償額は30万元)にまで引き上げるよう提案し、丹東中級裁判所へ立件を申し立てた。

 開廷前、精神的苦痛に対する賠償額が30万元とは原告側のリスクが大きすぎると、裁判官は私をたしなめた。その裁判所では、精神的苦痛への賠償額が500元を超えたことがないという。一旦、訴えが棄却されれば、我々の訴訟費用や訴訟コストなど膨大になるとも付け加えた。裁判官の忠告に対し、私は「あなたが善意でおっしゃってくれているのは分かりますが、手続き上では違法になります。審理が始まっていないのに、賠償額が30万元では高すぎると、なぜいえるのですか」と応じた。

 11月5日から11月9日の朝5時までの5日間、我々は連日徹夜で働き、開廷準備をやり終えた。9日の朝は顔を洗っただけでそのまま法廷に向かった。開廷の日の成果は上々だった。私は法廷に入ると被告人の代理人―瀋陽鉄道局の衛生処処長のもとに近寄ると握手を交わした。そして「そちらに100万元の支払い能力があると聞き、私はとても喜ばしく感じます。あなたが、この案件で横暴を極めるのももうおしまいです。その100万元は大事にとっておいてください。いつか、この件のためにそのお金を払う羽目になりますから」と伝えた。

 法廷で我々は、受身に回る一方の相手を圧倒していた。審議の全過程において、被告は自身の巨額の資産と確固たる社会的地位に頼りきり、十分な準備をしていなかったからだ。この案件では、もう1つ我々に有利な要素があった。それは、4人の裁判官のうち3人が女性であったことだ。法廷で私が述べた言葉は、次々とある光景となって人々の目の前によみがえった。それは障害を負った子供と母そして祖母が、国務院から全国人民代表大会、最高裁判所、鉄道部、衛生部といった官庁へ、6年にわたっておこなった苦難の陳情の光景である。これに法廷全体が震え、多くの人が声を上げて泣き出した。

 (続く)

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