THE EPOCH TIMES

【日本語に生きる中国故事成語】 五里霧中

2010年10月16日 07時00分
 【大紀元日本10月16日】衆院選での圧勝を受け、昨年9月に成立した鳩山民主党内閣。久々の非自民政権に何かが変わるかも、と期待が持たれたが、普天間基地移設問題が暗礁に乗り上げ、わずか8か月あまりで退陣となった。その後を引き継いだ菅内閣は、初っ端から党内の取りまとめに窮し、政局云々など語るべくもない。日本丸は正に「五里霧中」の状況にある。

 一方、GDP世界第2位という経済力を武器に世界にその影響力を強めようと画策するお隣の中国はというと、このところ頻繁に共産党指導部内から不協和音が漏れ聞こえ、国内・対外政策とも迷走しているかに見える。ただ、こちらは「五里霧中」ならず、胡錦濤総書記の後継争いを巡っての「暗闘」というほうがふさわしかろう。

 「五里霧中」ということばは、『後漢書・張楷伝』の次の故事に由来する。

 「後漢の中ごろ、張楷(ちょうかい)という人物がいた。漢籍にいたく通じていたが、高雅にして清廉潔白な彼は、官職に就くことを嫌い、俗世を離れて山中に隠居していた。張楷は生来道術を好み、五里四方にわたって霧を起こすことができた。同じころ、関西(かんせい)に裴優(はいゆう)という道術使いがおり、三里の霧を起こすことができた。裴優は自分が張楷に及ばないとわかると、張楷に教えを請おうとしたが、会ってもらえなかった」

 この故事から、「五里霧」ということばが生まれた。本来、広くて深い霧のことであったが、抽象的に、正しい判断ができず迷っている状態を指すようになった。「五里霧の中」に入ってしまえば進むべき道を見失ってしまうということからであろう。

 日本語ではそれが「五里霧中」という四字熟語として定着した。ということは、「五里霧中」は「五里・霧中」ではなく「五里霧・中」だということ、ましてや、「五里‘夢’中」などではないということに気をつけておきたい。

 ところで、この故事には続きがある。

 「しばらくして、裴優は霧を起こして盗みを働いた。捕まった際、自分の術は張楷から教わったとでたらめを言ったものだから、張楷も捕らえられてしまった。ところが張楷は、そんなことにいささかも動ずることなく、獄中でも書物に読みふけり、『尚書』の注釈書を書き上げた。2年後に証拠なしとして釈放され、家に戻ることを許された」

 張楷が、濡れ衣を着せられながらも獄中で泰然自若としておれたのは、出世という欲望を捨て、学問を貫くことをおのれの使命と考えていたからであろう。

(瀬戸)


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