THE EPOCH TIMES

「平らかで安らかな都」平安京 洛陽や長安がモデル

2010年10月25日 06時53分
 【大紀元日本10月25日】794(延暦13)年の10月22日、桓武天皇が長岡京から山背国葛城郡宇太村に新京を移した。同年の11月8日、新京は平安京と命名された。「平らかで安らかな都」であって欲しい、という意味が込められている。

 平安京は、中国の都である洛陽や長安などの都城をまねて造られた。東西約4.5km、南北約5.3kmの長方形をしており、大路・小路が規則正しく東西・南北に走っている。碁盤の目状に、整然と道路によって庁舎や宅地が区画されている、人工の計画都市であった。

 毎年平安遷都の日には、葵祭、祇園祭と並ぶ京都三大祭りの一つである、平安神宮の祭礼、時代祭が行われる。平安神宮は、明治維新によって著しい衰退を見せた京都の町おこし事業の集大成として、1895(明治28)年、平安遷都千百年紀念祭の時に創建された。時代祭も、同年から行われている。時代祭では、明治勤王隊を先頭に平安時代までをさかのぼり、時代ごとの衣装を着た2000人もの行列が建礼門前を出発し、堺町御門から市中に出て行き、平安神宮まで巡行する。

(古田)


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