THE EPOCH TIMES

≪医山夜話≫ (4) 医者の道徳

2010年10月03日 07時00分
 【大紀元日本10月3日】

 (1)
 「医学の父」と呼ばれる古代ギリシャの医学家・ヒポクラテス(紀元前377年~460年)が書いた『ヒポクラテスの誓い』は西洋医学史の中でも有名な医者の倫理に関する文章で、『ヒポクラテス全集』に収録されています。米国の医学部生は卒業後、医療の道に進むにあたり、この『ヒポクラテスの誓い』に沿ってどのように道徳理念と人道主義を守るのか、という誓いの言葉を書かなければなりません。

 『ヒポクラテスの誓い』にはこう書かれています。

 「この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与え、必要がある時には助ける。師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える」

 「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。頼まれても、死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない」

 「どのような家を訪れても、男と女、自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく医術を行う」

 「医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する」

 『ヒポクラテスの誓い』は医学者の道徳規範として、2千年余りにわたり各国の医学界の信条として尊ばれてきました。

 医徳とは医者の道徳であり、古代中国でも医徳においては厳格な要求がありました。すでに西周時代には、医者に対する厳密な審査制度がありました。『周礼・天官』の記載によれば、中国の医学は西周時代から食医(栄養医)、疾医(内科医)、瘍医(外科医)、獣医の4つの科に分かれ、年末になるとすべての科において執業の道徳、態度などに関する考察が行われました。古代の人が道徳観念と医術をどれだけ重視していたのかが分かるでしょう。

 (2)
 私の先祖は代々、医者を務めてきました。祖母と母の話によると、私がまだ生まれる前、医師だった祖父は治療した患者が貧しい時、いつもご飯を食べさせてから帰らせました。私は幼い頃、この話を聞いても祖父の心を理解できませんでしたが、今考えてみれば、それは本当に容易にできることではありません。食糧が不足していた時代ですから、患者に食べさせれば、それだけ家族の分の食事が減らされることを意味します。

 私の故郷は浙江省の小さな町で、家の前には当時、重要な交通と運輸の役割を果たす川が流れていました。川に架かる橋には一つの航路標識の灯台が設置されていて、夜になるとこの灯台はたくさんの漁船に安全な道を示し、橋を渡る人々のために道を照らしていました。祖父は家族に対して、「まず灯台用の油を確保したうえで、あまりがあれば食用にする」と言いました。このため、油を使わずに野菜をゆでて食べる日が多かったそうです。

 今、家業を受け継ぎ、海外で医者をしている私は、医者のモラルを試される出来事に会うことがあります。

 ある日、2人の急性腰痛症の患者が、ほぼ同じ時間に電話をかけてきて治療を求めました。その時の予約の空き状況では、一人しか受け入れられません。2人のうち1人は経済的に裕福な人で、もう1人は借金生活を送る貧乏人でした。

 医者である私は、患者の貧富、性別、自分との親疎関係を見ずに、すべて平等に対処すべきです。治療代を払えないこの貧乏人の患者は、ほかの病院へ行っても受け入れてもらえないのが分かったので、結局、私は彼を選びました。

 「困っている人を見たら必ず助けてあげてね。それは、菩薩様が、あなたが本当に優しい心を持っているかどうかを試しているのですよ」という祖母の言葉が、幼い頃から私の胸に刻まれています。

 時には、診療所で嘔吐や下痢をする患者もいます。この時、私は掃除をしながら患者を慰めます。患者が気を遣わずに穏やかな心を保つことが出来れば、体調の回復も速くなるからです。

 古代の人は、「医者を選ぶ時は、慈悲心を持っていない人に頼んではいけない。医術が確かでない人に任せてはいけない。清廉潔白ではない人を信用してはいけない」と教えています。医者という職業は、誰でもできる職業ではありません。

 私は法輪大法を修煉してから、更に医者のモラルの重要性が分かりました。医者である私は、自分の職業の責任を果たすとともに、患者に心を尽くさなければなりません。同時に、修煉者が持つ慈悲の心で患者たちに良い影響を与え、幅広く人々を救うことを心がけています。医者の道徳が急速に堕落している今日の中国では、道徳と才能を兼ね備えた本当の医者を必要としています。

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