THE EPOCH TIMES

<心の琴線> 妻が亡くなった後 6歳の息子を叩いた私

2010年10月12日 07時00分

 妻が4年前に事故による不慮の死を遂げ、私と息子の二人だけの生活になった。息子の世話や毎日の食事の支度に疲れ果て、仕事もうまくいかないことがよくあった。家事もうまくこなせない私と息子を見て、あの世で妻は悲しんでいるだろうか。私は父親役と母親役をうまく演じられず、何度も挫折感を味わった。

 ある日のこと。夜遅く家に帰った私は、疲れ果てて食事を作る気力もなく、スーツを脱いですぐにベッドに身を投げだした。その時、「パン!」という音がして、赤い汁とラーメンが飛び散り、シーツと布団が汚れてしまった。

 布団の中に、インスタントラーメンが置いてあったのだ。

 なんて子だ!と怒った私は、部屋を出て、おもちゃで遊んでいる息子のお尻を叩いた。あまりにも腹が立ったのでひどく叩きすぎた。そのとき、泣き出した息子が私にこう言った。

 「炊飯器の中のご飯は朝、全部食べちゃったんだ。夜ご飯は幼稚園で食べたんだけど、パパがいつまで経っても帰って来ないから、インスタントラーメンを見つけて、シャワー室の熱いお湯で作ったの。パパがガスは使っちゃいけないと言ったから。ひとつは自分が食べて、もうひとつはパパに残しておいたんだ。インスタントラーメンは冷めたら美味しくないから、パパが帰るまでお布団の中に入れておいたの。おもちゃに夢中になって、パパに言い忘れてた。ごめんなさい」

 息子の話に涙がこぼれた。それを隠すためにトイレに入り、蛇口を開いて思いっきり水を流しながら号泣した。しばらく心を落ちつかせてから、まだ泣いている息子を慰め、傷ついた彼のお尻に薬を塗って寝かしつけた。汚れたシーツと布団を掃除し終わった後、息子の部屋のドアをこっそり開けて様子を見ると、彼は母親の写真を手に握りしめたまま泣いていた。

 私は、立ったまましばらくそれを眺めていた。

 それ以来、私は母親の役割をもっとうまく演じようと心に決め、多くの時間をかけて息子の世話をするようにした。1年後やっと、幼稚園を卒業して小学校に入学する時期を迎えた。幸い、この間あった出来事は息子の心に影を落とさず、彼はのびのびと成長してくれた。

 しかしある日、私はまたも息子に手を出してしまった。

 幼稚園から突然、息子が幼稚園に来ていないという電話があった。不安でたまらない私は、すぐに仕事先を早退して家に戻り、息子の名前を何度も呼びながら住宅街の付近を必死で探した。

 やっと、文房具屋さんのゲーム機の前で遊んでいる息子を見つけた。私はまたも頭に来て、息子を叩き始めた。彼は何の言い訳もせず、ひたすら「ごめんなさい」と謝った。

 しばらくして私は、その日幼稚園で母親たちが子どものパフォーマンスを鑑賞する行事があったことを知った。

 数日後、息子から幼稚園で字の書き方を教わったと聞いた。それ以来、彼はしょっちゅう自分の部屋に閉じこもり、まじめに字を書く練習をしていた。天国にいる妻はきっと、息子の様子を見て安心しているだろうと思うと、なんども涙がこぼれた。

 息子は成長し、冬がやって来た。街中にクリスマス・ソングが流れるシーズンに、私の息子は再び問題を起こしてしまった。

関連キーワード
LINE NEWSに『中国の今を伝える 大紀元時報』を登録する方法
^