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歌川広重【名所江戸百景】深川萬年橋(ウィキペディアより)

【今に伝える江戸百景】 年末に言祝ぐ「鶴は千年、亀は萬年」

 【大紀元日本12月28日】童謡「兎と亀」でよく知られた教育的寓話は、てっきり日本または中国に原典があるものだと思っていた。

 調べてみて判ったが、源流はイソップ物語など西洋の書物にあるらしい。もっとも、そのイソップ物語も16世紀末にはキリスト教の宣教師によって日本にもたらされており、江戸時代の初期には『伊曾保物語』として和刻出版されているので、その中の「兎と亀」が日本古来の昔話のように定着したとしても不思議ではないだろう。

 兎年に入る前に、亀の名誉回復をしておこう。亀は変温動物であるため、その機敏さは気温の高低に左右される。夏場の池の亀などは、実に活発に動く。一方、兎は暑さでのびてしまい、小屋の中でぐったりしていた。猛暑だった今夏、動物園で観察してきたことなので間違いはない。「歩みののろい亀」も、条件次第ではなかなかのアスリートになるのだ。

 前置きが長くなったが、歌川広重『名所江戸百景』の「深川萬年橋」は、萬年橋の前に「吊るし亀」を描くという、シリーズ中でも特に奇抜で駄洒落の効いた構図になっている。

 萬年橋(または万年橋)という名の橋は、この一カ所だけでなく全国各地にあるという。かつて木橋が主流だった頃、水害に流されることなく、萬年までも長持ちするようにとの願いをこめた予祝的名称であったに違いない。「亀は萬年」とは、よく言ったものだ。

 江戸の萬年橋の下を流れる小名木川は、今日の東京都江東区を東西一文字に切る人工の水路である。大阪の安井道頓らが私財を投じて道頓堀を開削したのが1615年というが、それより早い1590年頃に、徳川家康が小名木四郎兵衛に命じて江戸に掘らせた水路がこの小名木川である。

 当時、大都市発展の命運は、水路の確保にかかっていた。「五万石でも岡崎さまは、お城下まで船が着く」と言われた三河の内陸岡崎にあり、矢作川の水運に恵まれた岡崎城が戦国大名としての出発点であった家康にとって、水路の重要性は早くから認識されたものであったと考えられる。(注、岡崎城に五万石で入城したのは徳川の重臣、本多康重であり、関が原役後の1602年)

 実際、この小名木川運河は、行徳の塩、江戸近郊の米や野菜、銚子や九十九里浜からの海産物、醤油、乾鰯(肥料)などの必需品を江戸市中へ大量に運ぶため、大いに役立つこととなった。

 都市経済が活気を帯びることで多くの仕事場が増え、多くの人が集まり、多くの産物が集められる。一方、人が集まるだけでは無秩序社会になるので、寺子屋教育をはじめ、庶民に対する教育の重要性も忘れられることはなかった。江戸は、今日の東京が学ぶべき点の多い町であったのだ。

 この小名木川の萬年橋を、歌川広重より10年ほど早く没した葛飾北斎も『富嶽三十六景』の一景に入れている。

 虹のように、高い半円を描く萬年橋。船の行き来を妨げない実用上の工夫であろうが、それはまた今日では真似のできない美しい造形でもあった。橋の下の遠景には、広重と同じく、優美な富士山が描かれている。

 まもなく新しい年が明ける。

 若者の就職先がないなど、得体の知れない巨大な閉塞状況が、今すぐに改善されることはないだろう。

 ならば私たちは、江戸の庶民のような楽天さと、亀の歩みのような真面目さで、この不可解な時代をまっすぐに生き抜こうではないか。

 広重や北斎が愛した富士山は、江戸の昔と変わらず、今日も美しい。

 その富士山のような心境で、新年を迎えたいと思う。

 
昭和5年に開通した、現在の萬年橋(大紀元)

葛飾北斎【富嶽三十六景】深川萬年橋下(ウィキペディアより)

萬年橋の下を流れる小名木川(大紀元)

※『名所江戸百景』 江戸末期の浮世絵師・歌川広重(1797~1858)が、最晩年の1856年から58年にかけて制作した連作の浮世絵。作者の死後、未完成のまま残されたが、二代目広重の手も加わって完成された。目録表紙と117枚の図絵(二代目広重の2枚も加えると119枚)からなる。

(牧)

 (10/12/28 07:00)  





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名所江戸百景  歌川広重  萬年橋  道頓堀  小名木川  徳川家康  葛飾北斎  


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