THE EPOCH TIMES

【伝統を受け継ぐ】 藍染(あいぞめ)

2010年12月27日 07時00分
 【大紀元日本12月27日】藍というのは、世界中で最も古くから用いられた植物染料の一つであるが、藍という決まった植物があるわけではなく、インディゴという色素を含んだ植物からとれる染料一般の名称である。

 古くはエジプトのミイラを包んでいた布も藍染の麻布だったという。日本へは古墳時代に大陸から漢方薬としてタデ藍が伝わり、平安時代の文献には藍染に関する記述が見られる。それ以後、藍が持つ薬効や布を強くする効果を珍重して大いに広まった。武士は鎧をつけるときに藍染めの下着をつけて切り傷や虫刺されから身を守り、一般庶民もまた、農作業用の衣類、旅の装束などに用いて蛇やヒルなどの毒虫を防いだという。

 日本におけるタデ藍の栽培は江戸時代に最盛期を迎え、阿波の国(徳島県)が最大の産地だった。明治の初めに日本にやってきたイギリス人が日本中に藍色の衣類、暖簾(のれん)、座布団など生活用品があふれているのを見て驚き、その美しさに感動して「ジャパンブルー」と名付けたという記述がある。しかしながら、20世紀の初頭、ドイツで化学的に合成された藍が量産され日本にも輸入されるようになり、手間のかかる天然藍の需要は急速に減少し、タデ藍の生産も衰退の一途をたどった。

 奈良、法隆寺の参道横にある法隆寺画廊に藍染アーティスト、西元榮子さんを訪ねた。西元さんが藍染に出会ってから30年程になるが、染色の道に入ったのはそれより前のことである。友禅染にみられるような彩色の絵柄を染料ともち米の糊を用いて染め上げる染色絵画が染色への入り口だった。

 化学染料を使って染色するうち、時間をおいて同じ色を再現することの難しさなど、行き詰まり感を持つようになった。そんなある日、彩色画の背景に藍をおいてみた。「その瞬間、これが私の色だ、と思いました」「神がこの色を使えと教えたんです」と西元さん。「直観ですね」とにっこり笑った。

 以来、藍一筋。西元さんはマメ科の植物から採るインド藍で染める。染まりやすく、発色が美しいという。「藍は面白いですよ」「藍一色の濃淡で奥行も広がりも描けます」。写真家が白黒写真に行き着くのに、似ているのかもしれないと西元さんはいう。

 好きなモチーフは自然。斑鳩の風景、水草が前景に広がり遠くに法隆寺の五重塔がかすむ、グラデーションが美しい。おぼろ月と流れる雲。空を見るのが好きだという西元さんの得意なモチーフだ。もう一つの作品には、高松塚古墳の壁画、女子群像の絵が写されている。古墳発見当初、美しい極彩色で描かれていたものが、今では保存状態の悪さや修理中の事故で劣化してしまっている。「発見された壁画を見たとき、これは描いておかなければ、と強く思ったんです。不思議ですね」と西元さん。

 西元さんの話には、よく「神」や「祈り」が登場する。しかし、それは特定の宗教にかかわる「神」や「祈り」ではなさそうだ。あえて言うならば、自然界のありとあらゆるものに宿るという「八百万(やおよろず)の神々」に近い。20年ばかり前、とある展覧会で会った行きずりの日本画家と短い言葉を交わした。別れ際に託された、「ちょっと時間のあるとき、思い出したときに『世界・人類が平和でありますように』と祈っていただきたいのです」。これが彼女の日々の祈りになった。

 世界中で起こっている紛争、信頼の薄れた人間関係、無関心、家族内暴力など昨今の風潮に心を痛めるものの、自分に何ができるのか分からないでいた西元さんは、「これなら私にもできる、続けられる」と思った。以来、彼女は祈る。

 宇宙、大自然からインスピレーションを得て、藍染で描き続ける。これも西元さんの「祈り」なのかもしれない。

高松塚古墳壁画女子群像をモチーフとした作品(写真=大紀元)

(温)
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