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古代の兵士を演じるダンサー (China Photos/Getty Images)

解説: 古代の布陣法

 【大紀元日本1月7日】中国の古典文学をモチーフにした映画の中で、軍隊の構成や戦いの陣を構え、態勢を整える(布陣)について描かれることが多い。布陣と言えば、中国人は、『楊家将演義』(ようかしょうえんぎ)の中の「天門陣」のような、妖術を使った摩訶不思議な布陣法を思い出す。敵の軍隊が陣に進入した途端に大風が荒れ狂う超自然現象や、「降龍木」のような敵を打ち負かす方法などがある。

 布陣法とは行軍して陣を取ることで、古代の戦いにおいては必要不可欠な作戦だった。行軍とは軍隊が隊列を組んで行進し、戦地に到着した状態を指し、布陣は戦地に到着後、展開する作戦のことをいう。

 映画『赤壁(レッドクリフ)』は、壮大なスケールで古代の布陣法を描いた中国映画。冷兵器時代(火薬や爆薬、機械などの近代的な殺傷手段を利用しない)の戦争は、兵士が武器を手に一陣に突進して戦う。人が多ければ勢いも大きく、勝利の可能性も高かった。戦闘中、双方は戦陣の構成をすることで武器の能力を発揮した。味方の武器の特徴を生かしながら多くの敵を倒す布陣を構え、少数でもより大きなダメージを相手に与えた。

 布陣を構えるには、いくつかの点を考慮しなければならない。指揮官の位置や陣中にある兵器の配列と分布、布陣する地形が兵力の展開に有利か否か、敵軍の武器と兵種および訓練の程度なども知っておかなければならない。

 指揮官は通常、全体を見渡せて、かつ攻撃を受けにくい場所にいなければならない。円陣の場合、指揮官は中心にいれば四方を見渡すことができ、敵からも攻撃されにくい。弓射手、弩弓射手など攻撃に対応することが難しい兵種には、必ず長矛兵の類か、その他の歩兵の保護を必要とする。行進の最中、陣形に要求されることは各分隊間で互いに援護すること、その上で互いの妨げにならないことである。例えば、騎兵は行進している時は通常、主陣の両翼で行進する。この様にすれば、いったん攻撃状態に入らなければならなくなった時に、前を行進している歩兵に行く手を遮られることはない。

 訓練が行き届いた軍隊は、陣形が熟練している。『孫子兵法』中で強調される六如(疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと影の如く、動くこと雷霆の如し)は、陣法習練の最高の境地を説明している。強大な軍隊は陣形を整然と組めるほか、行軍の際の陣形も乱れず、強敵の突撃を受けても散らず、敵軍に進撃する際は迅速だが陣形はまばらにならない。様々な敵の状況や地形に直面した時、陣形を速やかに変換することが要求される。このような条件を備えた兵士が、真の精鋭部隊と呼べるのだ。

 錐形陣(すいがたじん)

 錐形陣は古い陣法のひとつで、陣法についての記述がある最も古い書籍『孫臏(ひん)兵法』によると、春秋戦国時代にはすでに広く応用されていた。事実、この錐形陣は非常に有効な突撃陣法であったことが証明されている。

 書籍によると、錐形陣は先鋒がキリのような戦闘隊形で、この陣法を応用する場合は先方が鋭く迅速で、両翼が堅強な力を持つことが必須である。このような陣法で、先鋒の精鋭を通じ狭い正面において敵を攻撃することが出来る。敵の陣形を突破して分断し、両翼が戦果を拡大する。これは一種の強行突破タイプの陣法で、勇敢な武将と精鋭部隊でなければ使うことはできないだろう。

 映画『赤壁』の中で、曹軍の騎兵部隊がこの陣法を使用している。指揮官は常に陣の最前におり、勇猛な武将が部下を率いて突撃するシーンは圧巻だ。

 雁行陣(がんこうじん)

 雁行陣も『孫臏兵法』(そんぴんへいほう)に記された陣法だ。文字通り雁(ガン)の飛行編隊を模した陣法で、騎兵と歩兵の両方に応用できる戦闘隊形。騎兵の雁行陣は主に正面にいる敵の両翼の薄弱な部分を素早く攻撃する際に用い、歩兵の場合は大抵、敵の正面からの攻撃を抑えることに用いられる。まず敵軍の先鋒面に対して横陣を用いてから、素早く雁行陣を展開する。この様にすると、敵軍の先鋒部分は雁行陣の両翼の中間に挟まれ、同時に両側からの攻撃を受けることになる。騎兵の錐形陣に対し非常に有効な陣なのだ。

 また、敵軍の先鋒を軟化させるだけではなく、敵の両側に攻撃面を形成できるため、射撃武器の威力を発揮するのに有利である。雁行陣の攻撃範囲内に進入した敵は両側からの射撃を受けることになり、ほぼ間違いなく全滅する。現代の戦争における機関銃の配置は典型的な雁行陣で、射撃手は通常、陣の正面におり、少なくとも2丁の機関銃が敵の侵攻ルートの両側に配置される。この様にすれば射程内に進入した敵は機関銃により殲滅させられるというわけだ。この陣は陸地での応用以外に水上戦においても使用されている。

 雁行陣の最大の問題は、両部隊の中間に結合部がないことだ。このため指揮系統には高い能力が要求される。また、後方は全く防護することが出来ないため、挟み撃ちにあうと敗北は免れないことから、戦場での使用度はそれほど高くない。

 八卦陣(はっけじん)

 八卦陣は、赤壁の戦い以降に諸葛孔明により作られた陣。歴史書の記述によると、八卦陣は蜀政権の樹立後、孔明が蜀軍の特徴を考慮して編み出した陣法だが、唐代にはすでに伝承が途絶えている。孔明はかつて石を積んで八陣図を作ったと言われている。小説『三国志演義』の中では、将がこの陣に入ると大風が荒れ狂うなど八卦陣の威力が神話的に語られているが、これは小説家の脚色に過ぎない。

 『赤壁』の中の八卦陣は完全に八卦図の配列に従い、内側は原型の陣、外側は乾、坤、震、巽、坎、離、艮、兌の八卦配列の方陣である。陣内の兵士は全て大型の鋼の楯に守られている。曹軍はこの陣内に誘い込まれた後、少数に分断され殲滅させられている。映画の中でみる八卦陣は敵を分割し、包囲する陣法として描写されている。

 古代西洋の陣法

 中国だけでなく、西洋の軍隊も方陣作戦を好んで使用していた。西洋で最も有名な方陣はマケドニア軍の密集型方陣であり、4096人の歩兵で出来た大型方陣である。各方陣はみな独立した作戦も出来た。方陣の兵士たちは4mあまりの長槍と直径70cmほどの楯で武装していた(後期のマケドニア軍は5.5m以上の長槍を使用)。

 方陣の中の兵士たちはみな自分の楯で左側を守り、右半身は右隣の兵士の楯に隠した。戦いが始まり最前列の兵士が倒れると2番目の兵士が進み出て交代する。全ての方陣戦術の精髄は全て兵士が一致団結し前進することであり、出陣間際に脱走した者は最も厳しい処罰を受けた。方陣は長槍兵の展開に非常に適しており、敵軍の歩兵と騎兵の両方に対抗できた。正面以外からの攻撃には脆かったものの、西洋の軍隊において最も広く応用された方陣のひとつだ。

(翻訳編集・市村)


 (11/01/07 07:00)  





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