THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第6章(11)

2011年01月27日 07時18分
 【大紀元日本1月27日】

4.大規模な粛清を経て確立された党話

 言語の形成と発達は一つ自然なプロセスである。漢字システムの安定性は、中華文明の安定と統一を維持させるために極めて重要な役割を果たしている。中国のような長い歴史と深い伝統を持つ国にとっては、謹厳な言語規範は特に重要である。

 しかし、中国共産党は政策を制定する時、正統文化を守るためでなく、逆に、独裁統治を邪魔するものを取り除く目的を持っているため、中国共産党は伝統文化を否定して国民に無神論、進化論、闘争哲学などの邪説を注入しないといけない。そこで、中国共産党は超大規模な言語粛清を行って、党話を全国範囲に広めた。

 1)党話の出所

 党話は主に6つの主要な出所がある:外国の著作から大量に翻訳して得たもの、党首が作ったもの、共産党の各層組織に作られたもの、本の編纂の時に作られたもの、文人が作ったもの、大衆が作ったものである。

 マルクス・レーニン主義は外来の学説であるため、最初の党話は必然に著作を訳す中で誕生した。1897年出版、厳復が訳した『天演論』は初めてダーウィン主義を中国に導入して、その後のマルクス主義の伝播に下地を作った。1919年、『共産党宣言』の完全な訳本は『新青年』誌に掲載され、これをきっかけに党話は中国に根を下ろし始めた。中国共産党が創立されてからは、マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの著作とソビエト共産党の公文を翻訳することをその日常仕事にして、もっぱら「翻訳編集室」、「翻訳編集局」などの部門が設立された。延安で殺された作家・王実味はかつて「中国共産党中央マルクス・レーニン学院翻訳編集室」で働いたことがあった。「共産主義」、「プロレタリア」、「唯物主義歴史観」、「階級闘争」など中国共産党のイデオロギーの基本語彙は上記の著作から翻訳されたものである。

 
(イラスト・大紀元)

中国共産党党首は党話のもう一つ主要な製造者である。毛沢東は「マルクス主義の普遍的真理を、中国の革命の実践と結びつける」と公言して、1930年代半ばから、意識的に自分の特色を帯びる党話を作っていた。毛と同時代、あるいは後世の中国共産党党首も真似をして、理論上の自分の権威地位を築くために「新しい語彙」を作っていた。「マルクス主義の中国化」、「プロレタリア独裁の下で革命を続ける」、「走資派」、「四つの堅持」、「中国の特色を持つ社会主義」、「ブルジョア自由化を反対する」、「三講」、「三つの代表」、「調和の取れた社会」、「八栄八恥」などはこれら党首が作った新しい党話の言葉である。中国共産党は一つの組織として政権の合法性の根拠を捏造しなければならないが、党首個人でも同様に、自分の合法性の根拠を捏造しなければならない。一つ言っておかないといけないのは、ほとんどの党首は国民に手を掛けて血なまぐさい負債を抱えているため、彼らは前任者とは一定の距離を置かなくてはいけないのではあるが、中国共産党全体が先に敷いたボーダーラインは超えることができない。華国鋒元国家主席は両者の関係をはっきり分かっていない例ともいえる。彼は毛沢東との間に一線を書いていないため、「二つの凡是」を提唱した後にすぐ失脚した。

 中国共産党は厳密な紀律を持つレーニン主義政党である。共産党の組織形式と活動に伴って、大量の党話の語彙が繁殖した。中国共産党が無理に作ったものもあれば、ドイツ語、ロシア語、日本語など外来語の言葉を長期に使っているうちに共産党文化の息吹を帯びさせたものもある。これらの言葉は中国共産党の組織運営とともに存在し、共産党の内部公文の核心を成しているため、最も隠蔽的、最も強力な党話だといえる。前文で分析の対象にした「宣伝」、「貫徹」、「実行」、「闘争」、「労働模範」、「代表」、「会議の精神」、「路線」、「認識」、「指導者」、「上級」、「呼びかける」、「奮闘」、「委員会」、「思想報告」、「自己批判」、「批判と自己批判」などはこの類に属す。

 党首と「党中央」がいったん定めたいわゆる「路線、方針、政策」を、中国共産党の統制下に置かれるマスコミ、文化教育部門、科学研究機関は全力を出して、それを正しく聞こえるように論証と装飾を行う。中国で大量に出版された『マルクス主義××学』、『毛沢東××思想』、『中国の特色を持つ社会主義建設の理論』の類の本は、まさに「革命の指導者」がある問題に対する片言の見解を集めて、共産党の御用文学者らが派手に内容を加えて、やっと分厚い著作まで加工したものだ。この過程にも大量の党話が作り出される。

 文人と一般大衆に作られた党話の例を見てみよう。中国共産党の番犬となった文人らは出世のため、自ら進んで党文化のごみを造っていった。一般大衆は一党専制の下で暮らして、仕方がなく党話を作ることに参与してしまったのだ。たとえば、「伝統文化が近代化を妨げる」という論調は文人が造った党話の一例である。また、「共産党がなければ新中国はなし」とは中国共産党自身が叫んだスローガンだが、最近、中国民衆はその暗示を受けて自ら言い出した「共産党がなければ、中国はどうすればいいか」は、大衆が協力して作った党話の例である。

 (続く)

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