THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第6章(10)

2011年01月20日 08時19分
 【大紀元日本1月20日】

3.中国共産党は「党話」で中国人の生活を再編
 4)国民の私的空間に大挙侵入する党話


 中国共産党は厳密に社会を統制しているため、正常社会において本来、倫理道徳と社会の風習などが「管轄」している分野にも、中国共産党は黒い手を伸ばしている。そのため、共産党の統治の下に、中国人の私的な生活にも大量の党話があふれている。正常な言葉が一旦「党」によって監視され使用さると、「党話」にまで汚染され、しだいに正常な言語体系の中にしみ込み、さらにそれを押え付けて、変えてしまうのである。

 伝統社会では、婚姻関係にある人を「夫婦」、「夫妻」、「良人」、「妻」と呼んで、近代来「夫」、「奥さん」と呼んでいる。上品に呼ぶと「亭主」、「家内」を言って、分かりやすく呼ぶと「旦那さん」、「嫁さん」を言う。いずれにせよ、これらの呼称は男女の違いを反映でき、異なる性別を尊重して、男女の調和がとれて共存する意味も含まれている。

 中国共産党の統治の下、中国人は配偶者を「愛人」と呼ぶ。「愛人」はもともと互いに愛慕する人の間に使う呼び方で、「恋人」の意味に近い。また多くの国では婚姻関係以外の恋人、不倫相手を指す。中国共産党の統治下の中国では「愛人」との言葉は「配偶者」の意味として用いて、妻も夫も「愛人」と呼ぶのは、「女性の地位が上がって家庭の構造が変わった世相を反映した」そうだ。歴史学者・呉晗は「解放区」に行った当初、「この方は呉さんの愛人です」と呉玉章の奥さんを紹介された時に、呉玉章さんはこんな高齢でまた恋をしているのかと、呉晗はとても驚いたそうだ。

 「愛人」という言葉は「同志」のように重苦しいものではないが、あらゆる語彙の背後に人生の態度と生活の様式が存在している。中国共産党はいわゆる「平等主義」を鼓吹して、人と人の間の道徳水準、文化教養、社会地位、財産と性別などの格差を抹消しようとした。「愛人」という言葉は中国共産党が吹聴した「男女に区別がない」、「女性は半分の天を担う」などの観念(第7章にまた詳しく分析)を反映した。中国共産党は男女の関係を変異させ、伝統的な家庭の構造を転覆させて、とうとう複雑難解な社会問題まで引き起こした。人間社会にもともと男性と女性が存在して、男女はそれぞれの役と義務があって、陰陽は調和がとれたらはじめて調和のとれた家庭が成り立つのである。一方、中国共産党は男女の区別を無くして女性に男性の仕事をやらせて、ひいては女性に暴力と革命行動に参加させてしまう。このような女性は優しさを失って男らしく勇ましくなって、家庭の中でも闘争と「革命の激情」の衝突が勃発する。このように調和のとれた生活がありえるのだろうか。

 共産主義のイデオロギーが崩壊した今日、「同志」という言葉はだんだん使われなくなり、いつの間にか中国人は同性愛者を「同志」と呼ぶようになった。しかし、中国人は未だにも「愛人」の言葉の背後に存在している党文化を意識できなくて、中国では「愛人」は依然として配偶者を呼ぶ時に常用されている。

 中国人の日常生活の各方面は大量の党話があふれている。たとえば、いらいらする人を「彼は階級闘争で頭がいっぱい」と例えてしまい、才徳兼備の人を「赤くてプロ的」と言って、一人でつつましく家事を切り盛りすることを「刻苦奮闘する」あるいは「苦に耐えて質素である」を言う。死ぬほど悲しい人を慰める時、人々は「悲痛を力量に変える」と言い、業績を上げた人に周りは「傲慢を戒めて焦りを戒める」、「これは万里の長征の第1歩に過ぎない」と戒めてあげる。

 中国人は生まれてから党話に包囲される。子供が生まれたら「あなたに革命の後継者ができた」と言われ、子供に「向東」、「衛東」、「建軍」のような名前をつける。小学校に行ったらすぐ「赤いネッカチーフ」(中国共産党の血まみれの赤旗の一角)を首にかけて、成績の良い子は「優秀な少年先鋒隊隊員」に選ばれる。中学校になると、成績が良ければ「優秀な共産主義青年団団員」に選ばれる。高校に上がって文科か理科かを選択する時、きっと「数学・物理・化学を学んだら、どこに行っても食べていける」と教えられる。中国共産党の統治の下に、文系はイデオロギーと距離が近いから手を焼く仕事と見なされるからだ。学校で学期末の品行評語の1文目はきっと「当学生は政治面では積極的に党(団)組織に近寄る姿勢がある」となる。履歴書を書く時必ず「出身家庭」と「本人の成分」の欄がある。大学に進学してから「党総支部」、「青年団の総支部」、「政治指導員」と付き合うことが避けられない。

 友達を作る時に「私たちは全国各地から来て、同一の革命目標のために今日ここに集まっている」を言う。ようやく就職したら、自分が「仕事に参加した」を言う。「仕事に参加した」とは、中国にただ1種類の仕事、つまり中国共産党の「革命仕事」しかないので、今から私はその一員として認められた。「仕事に参加した」とは、この人にこれから「単位」と「組織」に管理されて、週に半日の「政治学習会」に参加しなければならないことを意味する。結婚するにあたって「単位」が発行する「紹介状」が必要とされて、子供を生むには「指標」が必要である。

 このように数十年働いて、定年退職の年齢になると、中国共産党の官僚主義体系によって功績を評価されて、××年までに「革命」に参加したのは「離職休養幹部」といい、××年以降「革命」に参加したのは「退職休養幹部」といい、もう少し若いのは「離職休養」でも「退職休養」でもならず、「リストラ」、「内部退職」するほかならず、「組織」に無情に捨てられ、「自身で活路を開く」。このように無情にされるのが嫌で自ら「離職」、「無給休職」、「勤続年数を一括清算」する人もいる。もし不幸にして亡くなったら、訃報で、「革命に忠実して党に忠実」、「××同志の逝去は我が党、我が軍、我が国の各民族の重大な損失である」と書かれると最高の評価となり、追悼会にどのような党と政府の幹部が病院に見舞いに行ったかを列挙することも定番のプログラムだ。

 党話が中国人の私的な空間に侵入した結果、正常な社会構造、家庭生活、思想と感情はすべて党文化によって汚染され、人々は中国共産党政権を批判する重要な参照体系を失った。

(続く)
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