THE EPOCH TIMES

【呉校長先生の随筆】 ー拍手ー

2011年02月08日 07時00分
 【大紀元日本2月8日】わたしはこれまでの教員生活の中でたくさんの拍手を経験しましたが、ここまで感動した拍手はありませんでした。

 中学3年生になってから学校に来なくなっていた豪(ごう)君が2学期に入ったある日、一人で私のオフィスに現れ、学校に戻りたいと言い出しました。問題を起こして名が知られていた彼とは初対面でしたが、私はさりげなく彼の服装や姿勢、話の内容をチェックすると、清潔で礼儀正しい少年という印象を受けました。また、彼の側に座ってみると、煙草の臭いもしませんでした。私は戸惑いながら、彼が学務主任と衝突した原因を尋ねました。すると彼は急に赤面し、無鉄砲な自分の行いについて、主任と学校に謝りたいと話してくれました。

 豪君は昨年、学務主任との激しい口論の末、主任の机を足で強く蹴飛ばすという事件を起こしていたのです。また、校庭に全校生徒が集合していた時に、2階にいた先生と大声で言い合いをしたこともありました。これは氷山の一角に過ぎませんが、彼の激しい行為は学校の先生と生徒たちに常に緊張と不安を与えていたのです。

 豪君の口から、「学校に謝りたい」 という言葉を聞き、なぜかあふれる活気を感じました。私は豪君を支えることに決めました。それから、先生たちに謝る時の挨拶の仕方と話し方などを彼に教えました。真剣に練習していた彼の姿には誠意を感じました。

 その日の授業が終わり、30数人の先生方が教員室に戻った時間を見計らって、私は緊張している豪君を連れて中に入りました。ほとんどの先生は横目でチラッと見ましたが、全く無視して自分の仕事に没頭する先生もいます。誰一人として、彼のことを気にかける人はいませんでした。

 私はその場の雰囲気を和らげようとして、「皆さん、豪君は今までのことを後悔しています。今日は特別に、皆さんに謝罪に来ました」 と話を切り出しました。すると、何人かの先生は頭を上げてこちらをちらりと見ましたが、すぐに興味を失ったかのようでした。まるで、「何を冗談言っているの。こっちは忙しいのよ」と言わんばかりの顔でした。しかし、3分の1くらいの先生は手を止めて、続きを聞こうとしました。

 豪君は、「乱暴な言葉遣いと行為をお許しください。申し訳ありませんでした」と声を震わせながら頭を深く下げました。そして、「僕にもう一度チャンスを下さい。先生方からのご指導を真摯に受け止めます・・・」と続けようとしましたが、緊張のあまり言葉を忘れてしまったようでした。私は彼に、「たくさんの先生の前で、とても緊張していますね」と優しく言いました。「はい、とても緊張しています。すみません」と豪君は体を微かに震わせながら、硬直した雰囲気の中で何度も唇をかみしめました。その時、突然拍手の音が静けさを破りました。一番奥に座っていた方先生が微笑みながら、頷いて拍手していました。すると、教員室のあちこちから拍手が湧きあがりました。希望に満ちたこの拍手に、私も心から感動しました。

 復学してから卒業するまでの5カ月間、豪君はトラブルを一切起こしませんでした。身体の大きい豪君はクラスメイトより少し年上なので、先生を手伝うクラスの管理委員に抜擢されました。

 放課後、豪君はよく私のオフィスに来ました。物語が好きだという彼に、私が中学生の時に挫折した体験を語りました。私は中学の3年間で自慢できる成績が全くなく、大好きな授業の合間の休み時間に、隣の製糖工場の煙突を見つめてぼーっと過ごす生徒でした。家に帰ると部屋にこもり、「侠客小説」を読みふけっていました。豪君は私の数学が「かなりダメ」で、理科が「全くダメ」だったことを知った時には嬉しくてたまらない様子でした。そして、私にいろいろな言葉をかけて慰めてくれました。

 その後、豪君の家の経済状況が良くないことを知った私は、自分の両親も学費を集めるために苦労したということを話しました。また、彼と父親との関係がギクシャクしていることを知った私は、自分がかつて父親と2カ月間一言も話さなかったことや、父親に殴られた恥ずかしい思い出を語りました。春から夏(台湾の新学期は9月)にかけて、豪君との2学期は師弟の談笑をしながら終りました。

 卒業式の後、私はいつもと同じように校門で卒業生たちを見送りました。豪君は私のところに寄ってくると、小さな声で「校長先生、少し抱きしめてもいいですか?」と言いました。私は答えずに、両腕を大きく伸ばし、彼の腕と肩を強く抱きしめながら、「学校に戻ってきてくれてありがとう。君の先生になるチャンスをくれて、ありがとう。そして、君が悪い子にならずに、本当にありがとう」と答えました。豪君は私のとっさの行動に、すぐに言葉が出ませんでした。

 彼の左手に握っていた卒業証書に落ちた涙が、ゆっくり染みわたっていくのが見えました。

 ※呉雁門(ウー・イェンメン)

 呉氏は2004年8月~2010年8月までの6年間、台湾雲林県口湖中学校の第12代校長を務めた。同校歴代校長の中で最も長い任期。教育熱心で思いやりのある呉校長とこどもたちとの間に、たくさんの心温まるエピソードが生まれた。

 
(翻訳編集・大原)


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