THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(75)日本の国内旅行 (上)(2000年春)

2011年02月21日 07時00分
 【大紀元日本2月21日】6年生の春にあたる時期に日本を訪れた。2年生の時にはわずか5日間ながら小学校に体験入学してもらい、かなり強行なスケジュールで本人の心理状態も十分に考慮しなかったためか、イギリスに戻ってしばらく体調がすぐれなかった。口では表現できない文化の違い、社会的な常識からくる価値観の違いもあったかと思う。

 また、ヨーロッパで明確に自分を表現するように幼いころから教育されても、日本の社会では「自己主張」という悪い意味でとられてしまうのではないか、などと私も取り越し苦労をしていた。こんな私の懸念を読み取るかのように、娘はどちらかというと「自己主張」しない、日本的な英国人になっていったような気がする。英国ではおとなしくて不可解な人間にとられることも多かったのではないだろうか。

 6年生の時の日本訪問は、4年生の時のような拒絶反応もなく、2歳年下のいとこにゲームや将棋で馬鹿にされながらも、楽しく過ごしたようだった。2歳年上のいとこは、何でも口まねする娘にいろいろな言葉を教え込んでいた。

 今回の旅行では家族で温泉に2泊。不慣れな温泉も、いとこに教わりながらプール感覚で着替えたりしていたようだ。そして新幹線乗り放題の周遊券であるJapan Rail Passという外人用の券を事前に英国で購入し、1週間、 日本国内の知り合いや親戚の家を転々とした。

 夫が同伴していたら、行く先々の家も「外人さんが来る」ということで構えてしまっただろうが、娘との二人旅だったため、基本的には、その辺に「ごろ寝」させてもらった。そしてテレビつけっぱなしで「ごろ寝」してしまったご主人とか、日本の典型的なサラリーマン風景を娘も味わうことができた。母親が日本人ということで、うちの夫が何十年かけても体験できないことを、英国生まれの英国育ちの娘が体験できるということに感心した。内と外の目に見えない境界線が明確に存在する日本の社会で、娘には内側に入れるルートが与えられていた。

 (続く)

 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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