THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第6章(14)

2011年02月18日 07時57分
 【大紀元日本2月18日】

4.大規模な粛清を経て確立された党話
  4)党話と正常な人間社会の言葉との関係
 (3)中国語の元来の語意を変える


  一部の中国語の元来の語彙は、中国共産党に長期に渡り捻じ曲げられて使用され、その捻じ曲げられた意味はまた中国共産党の辞書に書き込まれ固定された。このように、中国人はだんだんとこの捻じ曲げられた意味を本来の意味として覚えてしまい、その背後にある党文化の背景がかえって分からなくなった。

 例えば「書記」という語彙は、もともと「記録をする人」、つまり「書記員」を指す、秘書とほぼ同じ職務である。中国共産党は自分を「誠心誠意に人民に奉仕する」と吹聴するため、最高の権力を握る党首を「書記」と称して、大衆に親しまれて「人民に奉仕する」イメージを作り出そうとした。

 「検討」の本来の意味は「検査、研究、討論」で、未だにも台湾でそのように使われている。党文化の環境では、「検討書」を書くよう迫られる。中国共産党の統治の下に、一般の党員から中央の指導層まで、小学生から教授まで、多かれ少なかれ、ほぼ誰もが「検討書」を書かされた経験を持っている。「検討書」の中で、人々はしかたなく自らの過ちを認め、その間違いを犯した思想の根源を掘り下げ、最後に「党」に決心を表し、「組織」の寛大な処理を願う。「検討書」を書かせることは、中国共産党が思想の次元で国民を強姦する手段の一つといえよう。

 「迷信」の本来の意味は「夢中になるくらい何かを信じる」で、この言葉にけなす意味合いは特にない。人間社会はもともと「迷」の社会で、迷の中でもし神と仏を信じて、道義と因果応報を信じるならば、社会全体は比較的に高い道徳水準を保つことができる、これは国民にとっても良いことだ。一方、中国共産党は無理矢理に「愚か」、「立ち遅れる」、「反科学的」などの内包を「迷信」の言葉に混じり込ませて、この言葉の意味を変異させただけでなく、社会の道徳観念をも壊した。

 「悟」はもともと修煉の色合いを帯びる語彙で、「修煉を通じて大知恵と大能力を備える」ことを指す。「仏」はサンスクリット語で本来の意味は「修煉を通じて悟りを開いた人」である。中国共産党はこの2つの語彙を国民に対する洗脳と結び付け、党人気質が人間性を圧倒する人を「覚悟が高い」と褒めて、さもなければ「覚悟が低い」と決め付けた。

 
(イラスト・大紀元)

中国共産党は一部の語彙を独自の比喩に使用し、これらの言葉に党文化の色を染める。例えば「包袱」の本来の意味は「小包」だが、現在の中国で「思想上の負担」を指す場合によく使われる。中国共産党に洗脳された国民はいつも「党人気質」と「人間本来の人間性」の間で内心で葛藤して苦しむため、中国共産党の「政治思想面の世話役」はよく「思想上の荷物を下ろしなさい」と勧告する。人間性を放棄すれば、良心が痛むこともなくなるという意味だ。

 「お下げ(辮髪)」、「帽子」、「棒」などの比喩の言葉も、中国共産党に本来の意味を捻じ曲げられ、政治運動に使用されている。「お下げを掴む」とは敵陣の「弱みを掴む」の意、「帽子を被せる」とは敵陣に「党と社会主義に反対する」、「悪辣に毛沢東主席を攻撃する」、「右翼的」など怖い罪名を貼り付けること、「棒で打つ」とは「残酷に闘争して非情な打撃を与える」ことだ。

 中国共産党は軍隊を統制する方法を用いて社会全体を統制している。この特徴が言語に現れると、殺気が溢れる多くの軍事用語が日常の言葉として導入される、これは海外の華人と香港、台湾の華人が本土の中国人の言葉から重い殺気を感じ取る理由でもある。よく見られるのは「隊列」(団体、チームの意)、「戦線」(分野の意、中国本土に「社会科学戦線」という学術誌がある)、「兵、戦士」(成員、従業員の意、よく「戦線」と組み合わせて使う、例えば「党の交通戦線の新兵」)、「消滅」(食べ終わる、やり終える意、例えば「この料理を消滅してください」など)、「殲滅戦」(任務完成の意、例えば「我々は殲滅戦をしましょう!」)、「戦闘力」(「私の戦闘力がなくなった」とは「これ以上食べられない」の場合に使われる)、「戦場の後片付け」(善後処理の意)、「削減簡素」(企業の冗員を廃止し機構を簡単化させる意)などだ。

 (4)語彙の帯びる感情を変える

 党文化の価値観は正統文化の価値観と正反対で、偽りを真実にし、凶悪を善にし、醜い物事を美にする。この特徴が言語に現れると、中国共産党は一部の言葉の褒める意味と貶す意味が真逆になる。

 「闘争」、「戦闘性」のような語彙は正常な人類文化に賛美されたことがないが、中国共産党によって最も正しい思想と行為として評価された。

 また、もともと良い意味だった語彙に悪いイメージを注入する例も見られる。例えば「善人」という語彙を見てみよう。中国共産党は土地改革運動で、「地主」のことを「王大善人」、「李大善人」と言ったが、中共が「地主」を極端に侮蔑し中傷したため、「善人」はまるで「悪人」の意味となってしまった。 

 「忠恕」、「仁愛」、「礼義」、「孝悌」、「清廉な官吏」、「皇帝・王様・将軍・首相」、「才子・佳人」はもともと良い意味の言葉だが、中国共産党はそれに「封建主義」のレッテルを貼り付けた。「人間性」、「民主」に、中国共産党は「資産階級的」というレッテルを貼り付けた。中立的な「優勝旗」の語彙に、技能ばかりを高めて「革命性」に欠ける意味合いを付加する。

(続く)
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