THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(76)日本の国内旅行(下)(2000年春)

2011年02月28日 07時00分
 【大紀元日本2月28日】日本国内の1週間の旅では、基本的にペンザンスで知り合った日本人の家を転々とさせてもらった。

 この前年、ペンザンスの小学校で1年間、日本文化の紹介のボランティアとして滞在していた日本人女性が、ヨークシャーの彼氏とコーンウォールで挙式した。日本から奈良のご両親と友人が参席した際、新婚旅行を見送った日本人の一行を、ぶらぶらと町案内した。「本当にお世話になりました。日本にいらしたときは是非お越し下さい」という社交辞令をそのまま文字通り受けて、娘と二人で奈良に押し掛けてしまった。奈良に嫁いだいとこがいたので、連絡したら、泊まっていいよとのこと。旅行の計画はとんとん拍子に運んだ。

 何も知らずに伺ったが、お父様は、実は小さな町の町長さんを務めたことがあるとかで、人に挨拶せずには地元を歩けないような方だった。いわゆる観光地の東大寺とかに行っても、「ちょっと、そこの○○さんに挨拶せにゃあかんね」とお母様の方が親戚周りをされてしまう。

 お母様はおしゃべりな方で、いわゆる修学旅行ルートを、私はなつかしく楽しく歩かせてもらった。お父様は無口な方で、同じく無口な娘と少し離れて歩かれていた。お父様の方は、「楽しんでもらえたのかな」と首を傾げていらした。しかし、実はその10年後、娘は日本古来の建築物が大好きになり、大学での建築の設計にも、機会があれば奈良の寺院風のものを採り入れたりするようになった。

 「ヘ、すんません。おおきに」という言葉が繰り返し耳に入り、すっかり奈良に浸らせてもらった。英語で言えばSorryとThank youの連発である。ヨーロッパ社会では謝ったらおしまい。全額賠償金を請求されてしまう、という緊迫感があり、なるべく日常会話からSorryを意識して言わないようにしてきた私には、謙虚であることの美しさを味合わせてもらった。そしてお寺の近くに住み、宗教とか何とかでなく、仏様を敬ったり祈祷することが自然体で生活の一部になっている奈良の地元の人々の生活に触れることができ、有り難い旅となった。

 いとこの家に一泊した後は、飛鳥へ。バスで遠方に行き、30分ほど歩いて、寂れた寺を訪れた。桜が美しかった。 飛鳥三山を眺めながら 大和民族の発祥の地を肌で感じ取った。海外在住だから日本に対する感受性が人一倍敏感になっているようだった。

 帰りは大阪から新幹線に乗ったのだが、駅で皆がエスカレーターの右側に立っているのに気が付いた。東京とは逆、ロンドンと同じ。どおりで違和感なく移動できたわけだ。どうも東京を移動しようとすると、こづかれてしまうのはこの辺にあったのだ。東京の電車は、携帯電話を使うなとか列に並べとか、とにかくせせこましい。それに比べ、奈良も大阪も、マイペースで行動し、禁止事項も無視して電話を使っている人もみかけた。規律を破るのはよくないことだが、何か人間らしくてほっとするものがあった。

 (続く)

 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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