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【漢詩の楽しみ】 春夜洛城聞笛(春夜 洛城に笛を聞く)

 【大紀元日本4月17日】

誰家玉笛暗飛声
散入春風満洛城
此夜曲中聞折柳
何人不起故園情

 誰が家の玉笛(ぎょくてき)か、暗に声を飛ばす。散じて春風に入り、洛城(らくじょう)に満つ。此の夜、曲中に折柳(せつりゅう)を聞く。何人か故園の情を起こさざらん。

 詩に云う。誰の家からか、笛の音が、春の夜の闇に聞こえてくる。その笛の音が、春風に乗って、洛陽の町に満ちるように響き渡っている。この夜、笛が奏でる曲中に「折楊柳」の一曲を聞いた。この曲を耳にして、故郷を思う気持ちを起こさない者など、ありはしない。

 詩仙と称される李白(701~762)には、杜甫のような生活者の苦悩や老いの悲しみなどが、まるで感じられない。彼はどうやって生活の糧や旅費を得て、誰を頼りにあれほど中国各地を放浪できたのだろうかと、本当に不思議になるのだ。

 だから李白はとらえどころがなく、そもそも李白が彼自身の詩を作ったのか、詩が李白を必要としたために彼を歴史上に生み置いたのか、私などは時折よく分からなくなるのである。ともかく、この一首も李白の秀作の一つであることは間違いない。李白この時34歳ぐらいであろうか。場所は西の長安に対する東の古都、洛陽である。

 この詩の面白さは、初めから視覚を捨てているところにある。李白の詩のなかでこのような作例は珍しいと思われるが、聴覚以外の一切の感覚を排して、ただひたすら耳を研ぎ澄まして得た事象から、客地にいる自身の心中に湧き上がる故郷への思いを詠っているのである。同様に聴覚主体の詩としては、よく知られたところでは孟浩然の「春暁」がある。

 月も出ていない春の夜。どこの家からか、ふと聞こえてきたのは妙なる笛の調べ。玉笛の玉は、玉石のことではなく、笛の美称と考えればいいだろう。その一管の笛の音が、洛陽の町全体に響き渡るように、遠く深く、夜のしじまに染み通っていくというのだ。

 現代の私たちは真の闇を知らない。にわかに節電が叫ばれ、電気との関係をもう一度考え直さなければならない私たちは、これを一つの機会として、洪水のような人工の光と、宇宙の法則にしたがって照りも曇りもする自然光との違いを認識し直す必要があるのかも知れない。そうすれば、肉眼で見えぬ真実を見、実像のように見えている虚像を排することもできよう。そういう意味で、現代人が忘れた「闇」は、なかなか貴重なのである。

 「折楊柳」とは曲名で、これは旅立ちなどの別離の場面で奏でられる曲だという。古来より、遠く旅立つ人へのはなむけに楊柳の枝を折り、それを環状にして無事の帰還を祈る習慣があったことによる。

 中国の旅は、果てしない万里の道である。その出立には、送るも行くも、今生の別れになるかも知れない情感の高まりがともなう。超俗的な李白といえど、春の夜に響く笛の音に懐郷の思いは禁じ得ず、この詩を残したのである。

 そういう意味で、現代人が忘れた「別離の情」もまた、なかなか貴重なのである。静かな春の夜、携帯やメールばかりでなく、たまには手紙を書こう。

(聡)


 (11/04/17 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  李白  洛陽  孟浩然  折楊柳  


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