THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(81)日本からのお客さん (下)(2001年夏)

2011年04月04日 07時00分
 【大紀元日本4月4日】一夏、べったりと日本のいとこと過ごした体験は、一人っ子の娘にとってかなりのインパクトがあったようだ。とにかく、朝から晩まで、英国にいながら、これはどうやって日本語で表現するのだろうかと頭をひねっていた。

 いとことおばあちゃんが帰った後も、日本語でぶつぶつ言いながらゲストルームに入っていき、空っぽの部屋で「あ、帰っちゃったんだ」とつぶやく始末。

 9月に新学期が始まり、「校長先生の言っていることがよく分からないの…」と 自国で完璧に外人になってしまった。交友関係も、白人の友達より中国人と一緒にいたくなったようだ。言葉が分からないながら、さりげなく輪にまじっている。中国人同士で「消しゴムとって」程度の会話をしている時、雰囲気から察して消しゴムをとってあげたら、アンは日本語だけでなく中国語も分かるんだということになってしまったらしい。

 学年が2年下の中国人からも文通を申し込まれた。(この文通を申し込むというのも、白人社会にはない)。英語を向上させたいという熱心な子だった。いろいろ交流して、 女子サッカーをやっていることは親には内緒なんていう話も聞いてきた。女の子がそんなおてんばなことをして怪我でもしたらどうするの、と親が心配して、サッカーをやめさせられるからということだった。また、狭い狭い中国人社会の間のお互いに対する偏見も、この子を通して分かるようになった。私にとっては、日本とあまり変わりのない東洋的な考え方でも、娘にとっては驚くことばかりのようだった。

 日本の家族とコーンウォールで数週間、過ごしただけで、東洋的な考え方に慣れ親しんだようで、もっと一緒にいたいという気持ちから、中国系の友人と仲良くなっていった。白人社会がしっくりしなくなったような感じだった。12歳の夏…。思春期のアイデンティティー・クライシス(自己認識の危機)の前兆だったのだろうか。

(続く)


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