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(Babasteve/Creative Commons)

大きな度量で屈辱を忍び 自らを修める

 【大紀元日本5月10日】「忍」とは、自身を修め、処世する上での「宝物」である。孔子はかつて、弟子の子路にこう戒めた。「百行之本、忍之為上」(すべての行いのもとは忍をもって第一とする)。現代の中国には、「宰相肚里能撑船(宰相の腹の中は、船に竿をさせるほど大きい。つまり度量が大きい)」ということわざもある。

 「忍」は他人に盲従することではなく、弱者の振る舞いでもない。往々にして、徳や志が備わる人こそ、一般の人が耐え難いことを受け入れられる。他人に辱められるとき、恭しく謙虚な姿勢を示し、自身を修め、恨みや憤りを覚えない。古代の人は、いつもこのような寛大な心を人柄や処世の原則としていた。

 昔の人の「忍」にまつわる話を三つほど紹介しよう。

 
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 靴ひもを結ぶ

 前漢の張釈之(ちょう しゃくし)は、三公九卿の「廷尉」という要職を務め、全国の司法を司っていた。ある日、朝廷の官吏たちが正殿に集まったとき、年寄りの「処士」王生が張釈之に、「靴ひもが緩んだので、結び直してくれないかね」と言った。張釈之は跪いて、ていねいに王生の靴ひもを結び直した。

 王生は、年を取って地位も卑しく、張釈之に贈呈できるものがないため、人前で彼を侮辱することで、彼の声望があがることを意図して、靴ひもを結び直させた。

 人々はこのわけを知り、王生の賢能を称賛する一方、度量の大きい張釈之をさらに尊敬するようになった。

 諫言の書

 このストーリーから古人の価値観を鑑みることができる。古人が尊敬しているのは、人の才能や地位ではなく、徳から現れる謙虚な行為であった。

 ある日、李沆が町を歩いていると、一人の傲慢な書生が道を遮り、「李沆が参政して以来、犯した過ち」という諫言の書を李沆に呈した。

 これを見た李沆は謙虚に礼を述べ、「時間がないため、帰宅した後でじっくりと拝見させてもらいましょう」と書を受け取った。

 しかし、この書生は李沆を怒鳴り、ひどく責め立てた。「あなたは高官についても、国を富ませ、庶民を安らかにさせることすらできなかった。有能な人にポストを譲らず、彼らの仕途を妨げて、恥ずかしく思わないのか」

 李沆は自分の言動を反省し、恥じ入りながら、恭しく答えた。「私は何度も隠退の辞を申し上げたが、皇帝がずっと承諾して下さらなかったため、辞任することができなかったのです」

 李沆には終始、恨みの心がなかった。彼はかつてこう語った。「『辱』は最も辛抱しがたいものだ。昔から、多くの豪傑たちは、『辱』を乗り越えることができなかった」

 宰相の息子

 宋時代の宰相・李昉(り ぼう)の息子・李宗諤心は、心が広く博学多才だった。父の在位中は、いつも権勢から遠く離れ、出入りする際に使った車馬は素朴で、貧しい書生と違いがなかった。

 ある日、李宗諤は町で父の車馬に遭遇したが、彼の身分を知らない官吏が、彼を口汚く叱責した。その後、李宗諤は、この官吏が自分の身分を知り恥じ入ることを恐れ、この官吏が近くにいると自ら避けるよう心がけた。

 李宗諤は宰相の息子として、理不尽に罵られても怒らず、大きな度量で忍び、善意を持って他人に接し、真に修養した誠実で善良な君子であった。

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 三国時代の名臣・王昶(おう ちょう)は、かつて息子にこう戒めた。「他人から非難された時は、自省すべきだ。私たちに誤った行為があれば、他人の批判はとても適切である。もし他人が言った行為に思いあたらなければ、でたらめを言っていると考えてよい。相手の批判が適切であれば、相手が傷つくことはない。相手がでたらめを言っているのなら、私たち自身は傷つかない。相手に報復する必要は全くない。侮辱を忍ぶ度量を以て、自ら反省することが肝要だ」

 古書「云遊斋録」に、次のような下りがある。「横暴な振舞いに遭遇したとき、なぜ自分がこういうことに出会うのかを考えるべきだ。次に、対処方法を考えること。気持ちを落ち着かせ、冷静な態度を取り、怒りを抑え、災いを取り除けば、難から離れることができる。横暴な振る舞いに対処するコツだ」

 他人から罵られることを恐れるのは、プライドが高く、他人を見下す心、あるいは他人の注目を引こうとする虚栄心があるからだ。こういう人は、自分の名声を損なうものを避けて通る。しかし、他人の非難がなければ、どのように自身の過ちを認識することができるのか。過ちを認識できなければ、どのように自身を修めることができるのか。

 「満招損、謙受益(高ぶる者は損失を招き、謙虚なものは利益を受ける)」ということわざがある。もし、私たちが侮辱された時、自分の中の高慢な心を放下し、他人の批判の視点に立って自分の行動を見直すことで、新たな進歩や向上につながる可能性がある。恭しい心で他人と接し、謙虚な心で自分を見直す時、「忍一時風平浪静、退一歩海闊天空(一時の我慢で波は静まり、一歩退けば空が開かれる)」というように、異なる思想の境地が目の前に広がるだろう。

 
(翻訳編集・李頁)


 (11/05/10 07:00)  





■キーワード
  屈辱  自省  


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