THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(89)GCSE試験(2005年)

2011年05月30日 07時00分
 【大紀元日本5月30日】5年制中学の最終学年に入ったら、学校側での生徒に対する待遇が変わった。卒業資格試験のGSCEに備えて、ソファーの置いてある特別室へのアクセスが認められ、お茶を入れる設備があるとのこと。単に授業を受けるだけでなく、試験の間にそこで休憩できるようなとりはからいだった。まだまだ危なっかしい子供たちなのに、生徒を大人扱いする学校側の姿勢が感じられた。

 英国の教育制度には、一貫して終業式も卒業式もない。授業の最終日、先生がお菓子を持ってきてくれて皆で馬鹿食いし、制服の白のシャツを脱いで、お互いに署名する。つまり、落書きでめちゃくちゃになる。娘を通してこの習わしを学んだ後、毎年6月頃に落書きだらけのシャツを着て、はしゃいでいる生徒の群れに出会ったら、「あ、終業式か」と思うようになった。

 これまでの「学校」という枠組みが突然、取り去られる。後は自分次第だよ、とある意味で突き放されるような感じだ。思春期の不安定期に突然「自由」が与えられ、6月の過ごしやすい初夏の天候も重なり、若者たちは「責任」という重荷から逃避するかのように、試験期間中にビーチパーティーを繰り返していた。

 5月の20日頃に最後の授業が終わると、学校には試験のために来るだけとなる。全国統一試験なので、学科によって日程が異なる。5週間に試験が8科目として、週に1日か2日、拘束されるだけだ。試験時間だけは制服着用の義務があるが、学校の往復は私服で通学してもよいとのこと。制服一式を学校のロッカーに入れておき、試験前に着替える。日中は私服で町中をふらふらしている。

 また、ふらふらしなければならない理由があった。卒業式の代わりに、プロムと呼ばれるパーティーがある。市内のホテルで先生と一緒に食事をするので、日本の謝恩会にあたるのだろう。小さな町中で歩いて行ける距離なのに、リムジンを借りて中でシャンペンを飲むとか、タキシードを借りるとか、何色のドレスを着るかとか、まあ忙しい。同じ学校の生徒でなくても、ボーイフレンドやガールフレンドを連れてきてもいいとのことで、いわゆる社交の教育でもあるのだろうか。

 プロムの後には、お酒とタバコのパーティーが徹夜で行われる。プロムに何を着るか、この後の乱痴気パーティーにも参加すべきか、という深刻な問題に直面し、娘は勉強どころではなかった。

 個人によって最後の試験日が異なるので、皆、違った日にコーンウォールを離れて行った。小さな私立校で、香港に戻るクラスメートや、ニュージーランドへの移民を家族が手配しているコーンウォール人など、試験の後に皆、国際的にバラバラになっていくことが分かっていた。娘は一つ一つの試験が終わるたびに、「もう○○君とは一生会えないのかもしれない」「今日でXXちゃんとは最後なの」と感傷的になっていた。最後の物理の試験の前日は、シクシク泣いている時間の方が長く、夜中になってから復習を始めて「時間切れだあ」と悲鳴をあげていた。

 (続く)

著者プロフィール:

1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。
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