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(David Stanley/Creative Commons)

【漢詩の楽しみ】 客中初夏(客中の初夏)

 【大紀元日本5月29日】

四月清和雨乍晴
南山当戸転分明
更無柳絮因風起
惟有葵花向日傾

 四月、清和(せいわ)、雨乍(たちま)ち晴れる。南山、戸に当たって転(うた)た分明。

 更に柳絮(りゅうじょ)の風に因って起こる無く、惟だ葵花(きか)の日(ひ)に向かって傾く有り。

 詩に云う。四月、初夏の清らかですがすがしい日。雨もすぐに上がり、空はすっきりと晴れた。南の山が、私の住まいの間近にあるように、いつもよりはっきりと見える。もはや柳の綿が風に舞う季節は過ぎ、今はただ向日葵(ひまわり)が太陽に向かう頃となった。

 作者の司馬光(しばこう、1019~1086)は北宋の人。幼時から神童の誉高く、なかでも水がめに落ちた友を助けるため、とっさに石で水がめを打ち割って水を抜いた「小児撃瓮(しょうにげきおう)」の故事は有名である。

 編年体の史書『資治通鑑』(しじつがん)294巻を後世に残したため、詩人としてよりも歴史家として名高い。洛陽に隠棲して著述に専念する以前には、政治家として、王安石の新法に真っ向から対立した旧法党の中心的存在であった。18年の歳月を費やして『資治通鑑』を完成させた後、政界に復帰(1085)した時には最高位の宰相にまでなっている。

 季節は、さわやかな初夏である。「四月」とあるが、これは旧暦なので、ちょうど今の5月ごろに当たると考えてよい。

 客中(かくちゅう)とは「旅先にいる」という意味である。しかし司馬光はここで、帝都・開封の政界を退いて洛陽にいるが、旅行をしているわけではない。要するに、自分の出身地(司馬光は山西省出身)でない場所ならば、長年そこに住んでも客地(旅先)と見なすのが中国人の考え方なのである。

 第一句は、白居易の詩の一節「四月天気和且清」に典拠があり、第二句の「南山」と聞けば、もちろん陶淵明が示した隠者の理想的な心境「悠然見南山」が思い浮かぶ。司馬光の隠棲は15年に及んだが、その間も、この詩に詠われたように悠然とした境地でいたに違いない。

 司馬光は気骨の人であった。王安石を重用して新法を採用した皇帝・神宗でさえも、司馬光の人物に対する信頼は絶大であり、都を去った司馬光もまた、在野にあって神宗への忠義を含む儒教の正統的な大儀名分論を貫き、その著作に全力を傾注した。

 また隠棲の間には、庶民とも親しく接している。洛陽の庶民は、晩年に政界へ復帰して宰相となった司馬光を敬慕して、その後、洛陽の風紀道徳は格段に良くなったという。

 為政者の大徳が庶民を感化した好例として、中国史上における司馬光の人気は今でも特筆すべきものがある。

 国民から尊敬される首相とは、彼のような人物を指すのであろう。

(聡)


 (11/05/29 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  司馬光  資治通鑑  小児撃瓮  白居易  陶淵明  王安石  


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