焦点:中国が台湾の「頭脳流出」加速、若者に起業支援攻勢

2018/02/12
更新: 2018/02/12

Brenda Goh and Jess Macy

[上海/台北 7日 ロイター] – 上海郊外にあるスタートアップ育成拠点では、起業したばかりの人たちに無料のオフィススペースや住宅補助、税控除といった数々の「特典」を提供をしている。中には、最大20万元(約350万円)の現金を支給する場合もある。

それらを受ける主条件とは何か。台湾出身であることだ。

金山海峡両岸青年創業基地は、中国による新たな台湾政策の一環だ。中国は台湾を主権国家とは認めず、言うことを聞かない自国の省の1つと見なしている。

この3年でこのような拠点が中国本土に50カ所以上つくられ、台湾から多くのスタートアップ企業や若き起業家を呼び込んでいる。

政治的関係が悪化する中、中国は、取り込むべき中心層として台湾の若者を見ている。一方で、ひまわり学生運動の後押しを受けて権力の座に就いた台湾の現政権にとって、中国によるこうした育成拠点などの成功は、懸念材料となっている。

台湾は中国にとって最も神経質な問題の1つであり、中国は台湾を支配下に置くための武力行使を否定していない。台湾政策は長年、伝統的なビジネス関係の改善に重点を置いており、それは今でも変わらない。

だが2014年、中国との貿易協定に抗議する「ひまわり学生運動」が中国の目を引いたと、台湾当局やアナリストは言う。

「2015年以前は、中国本土の政府は、主に台湾の商業やビジネスの担い手を狙っていた」と、上海国際問題研究院で台湾政策を研究するZhang Zhexin研究員は指摘。「だが、ひまわり学生運動後は、若者の心を捉える方にシフトしていった。未来を握るのは彼らであり、また最大の破壊力を持つのも彼らであるからだ」

<本土への理解>

中国国務院台湾事務弁公室のウェブサイトによると、中国全土には現在、中部四川省徳陽や北東部の重工業地帯に位置する瀋陽などに、こうしたスタートアップ拠点が少なくとも53カ所存在する。

金山海峡両岸青年創業基地は、無秩序に広がった工業地区の中心にあるオフィス区画にある。米シリコンバレーのスタートアップ企業のように、明るい色の壁に囲まれた部屋にコンピューターデスクがずらり並んでおり、ここで活動する企業が書かれたボードが貼ってある。

「われわれは、台湾の若者が本土を理解するための手助けをする窓口でありたい」と、工業地区の幹部は語った。同地区は2015年、約500万元を費やしてこの拠点を創設した。

<頭脳流出>

中国がこのような努力に励む一方で、近隣諸国と比べて賃金が伸び悩み、経済成長も停滞する台湾では、才能ある労働者の国外流出が起きている。台湾の主力産業であるテクノロジー業界で働く労働者も、中国の高い賃金に引き寄せられている。

台北出身のアンディー・ヤンさん(27)も国外に出た1人である。2015年に上海に移り、パートナー4人と教育テクノロジー企業を立ち上げた。昨年、金山海峡両岸青年創業基地に自社を登録したという。

「台湾でもチャンスはなくはなかったが、中国本土の市場と比べると、差は非常に大きいと感じた」とヤンさんは言う。「本土の人たちは台湾出身者にとても関心を寄せているし、政府の政策として、私たちに多くのチャンスを与えてくれているのでここに来た」

中国は、台湾の若者をターゲットとする政策を他にも打ち出している。教育省は昨年7月、大学に対し、台湾出身の学生の入学条件を緩和するようウェブサイト上で指示した。

<国民性への脅威>

 

中国のこうした取り組みに台湾が気づかないわけがない。中国軍が台湾近くで軍事演習の回数を増やし、台湾が支配する島々の近くを飛行する民間航空の新たなルートを一方的に開通するなど、両者の関係はこの数カ月、悪化している。

独立を掲げる政党、台湾団結連盟の広報を務めるChen Chia-lin氏は昨年9月、台北タイムズに掲載した論説の中で、中国のスタートアップ育成拠点は「(台湾)政府の足元をすくう」ことが狙いだと書いている。

台湾の蔡英文総統は、中国が自国の若者に提供する特典にさまざまなメッセージを見いだしている。

「中国の異なる政府機関が台湾に対して、異なる、時に一貫性のない戦略を取っているように見える中、われわれは中国の台湾政策の展開を注視している」と、ある台湾高官は語った。

中国政策を策定する台湾の行政院大陸委員会はロイターに対し、中国で機会を求めることのリスクと課題について警告していると、文書で回答した。

「台湾は自由で、民主的で、多元的で、開かれた社会である。政治的、経済的、社会的、体系的な側面において(中国とは)大いに異なっている」としている。

全体的に見て、中国の政策が台湾の態度に広く影響しているかは不明だ。

昨年、自身のバイオテクノロジー企業を上海で登録した台湾出身のダニエルさんは、市場機会ゆえに中国で開業したと話す。だが、中国の育成拠点から支援を受けることは警戒しているという。

「政治の道具にはなりたくない。特典を受ければ、何らかの条件が後から付いてくるかもしれない。自由が奪われるか、あるいは何かしら要求されるかもしれない」

だが、自身のネイル用品事業を中国に拡大し、金山の育成拠点から支援を受けている33歳のChiu Yi-chenさんのように、台湾出身の起業家は実用主義であるべきだと考える人たちもいる。

「政治問題は他の人に任せておきましょう」

(翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)

 

 2月7日、中台関係が悪化する中、中国は取り込むべき中心層として台湾の若者を見ている。一方、台湾にとっては、自国の若者を対象とする中国の起業支援拠点などの成功は、懸念材料となっている。写真は、教育テクノロジー企業を立ち上げ、中国の拠点に登録した台北出身のアンディー・ヤンさん(27)。上海で1月撮影(2018年 ロイター/Aly Song)
Reuters
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