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【漢詩の楽しみ】 漁翁(ぎょおう)

 【大紀元日本6月11日】

漁翁夜傍西巌宿
暁汲清湘然楚竹
煙銷日出不見人
欸乃一声山水緑
廻看天際下中流
巌上無心雲相逐

 漁翁、夜、西巌に傍(そ)うて宿し、暁(あかつき)に清湘を汲(く)みて、楚竹を然(た)く。煙銷(き)え、日出づれば人見えず。欸乃(あいだい)一声、山水緑なり。天際を廻看して中流を下れば、巌上、無心雲相い逐(お)う。

 詩に云う。漁師の老翁がひとり。西岸の岩のもとに舟を停めて夜をすごし、暁のころには、清らかな湘江の水を汲み、楚の竹を焚いて朝餉のしたくをする。朝もやが晴れて日が昇ってくると、もはや漁翁の姿は見えない。「えいおう」と舟漕ぎの一声だけが響くその景色は、山も水も青々と輝いている。はるか彼方を巡り見て、川の中ほどを漕ぎ下っていけば、昨夜舟を停めた岩の上空には、無心の雲が流れていく。

 作者の柳宗元(りゅうそうげん、773~819)は、都の長安で生まれ育った。幼少の頃から神童の誉れ高く、21歳の若さで科挙の最高試験である進士に及第。皇帝・順宗の信任を得て官人としてのエリートコースを歩むとともに、韓愈(かんゆ)や劉禹錫(りゅううしゃく)など当代一流の文人とも交わった。

 積極的な政治改革を目指したが、病弱だった順宗の退位によって失脚。その後は、地方官の任を転々としたまま長安へ復帰することなく柳州(江西省)で没した。冒頭の詩は、同じく左遷されていた永州(湖南省)での作である。

 名もない漁師の翁と、それを包みこむ大自然がこの叙景詩の全てである。

 岸辺の岩に停めた舟で、静かな一夜を休む。明け方、川の水を汲んで飲み、また楚竹を焚いて炊事をする漁翁。政界や官界の濁り水とは正反対に、この湘江の水はなんと清らかであることか。

 このとき漁翁はすでに山水の風景にとけこみ、完全に自然の一部となっている。したがって漁翁の姿は見えず、舟を漕ぐ掛け声だけが山々に響きわたっているという。「山水緑」は、日本語で表現するならば「清らかで青々とした山と水」ということになろうか。

 このような田舎の漁翁の暮らしぶりに、左遷された大官・柳宗元は、ほとんど憧れにも近い、この上ない魅力を感じたのである。出世や栄達とも無縁で、財も地位ももたないが、清らかな自然とともにあるその日常の、なんと豊かであることか。

 人間の幸福とは何か。もしもそれが物質的条件によるものであるとしたら、私たちはこの詩中の漁翁に学ぶところが少なくないに違いない。

 ただ一つ必須のものがある。手ですくって飲めるほど清らかな水や、美しい山などの自然である。

 残念ながらそれは、中国にはすでに無く、日本にもほとんど残っていない。

 
(聡)


 (11/06/11 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  柳宗元  韓愈  劉禹錫  


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