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【漢詩の楽しみ】 初夏即事(しょかそくじ)

 【大紀元日本6月26日】

石梁茅屋有彎碕
流水濺濺度両陂
晴日暖風生麦気
緑陰幽草勝花時

 石梁(せきりょう)茅屋(ぼうおく)彎碕(わんき)有り。流水、濺濺(せんせん)として両陂(りょうは)を度(わた)る。晴日、暖風麦気を生ず。緑陰、幽草、花の時に勝れり。 

 詩に云う。石造りの橋、茅ぶきの質素な家、ぐるりと湾曲した岸辺。そんなのどかな田舎の風景の中、小川の水が、両側の土手の間をさらさらと音をたてて流れていく。さわやかに晴れた初夏の日、あたたかな風が、勢いよく伸びる麦の香りを運んでくる。この季節、こんもりと茂った緑の木陰や夏草の様子は、春の花どきに勝る趣があるものだ。

 「即事」とは、折にふれて詠んだもの、というような意味であろうか。農村の珍しくもない風景であるが、それがかえって愛すべき平穏な世界を現出していて、味わい深い一首になっている。

 こんな明るい風光の詩を誰が作ったかというと、北宋(960~1127)の新法党の旗手として、政治の嵐の中にいた宰相・王安石(おうあんせき、1021~1086)なのである。

 旧法党の中心である司馬光(しばこう、1019~1086)とは、その政治思想において真っ向から対立した。ところが、没年が同じこの両者は、どうも互いに相手の非凡な才能を認め合うという不思議な関係でもあったようなのだ。

 もう一つ不思議なことを述べれば、中国史上におけるこの両者は、ともに歴史的評価が高いことである。善悪の評価が一辺倒になりやすい今日の中国人でさえ、この二人にはそれぞれに少なからぬ人気を寄せている。

 青苗法、均輸法など数ある「王安石の新法」を一言で説明するのは難しいが、要するに彼の新法とは、異民族の西夏が北方から圧迫してくるという危急存亡の時にある北宋が、更なる富国強兵のため、大地主や豪商の既得権益に大なたを振るった大胆な改革法であった。

 革新的な諸政策に、当然ながら猛反発が起きた。しかし、20歳で即位した青年皇帝・神宗は、王安石の政策を採用して推進させる一方、政治の場では退けた旧法党の臣下、例えば司馬光には歴史の大著『資治通鑑』を編纂させるなど、失脚者にも配慮がなされた。

 新法・旧法の争いは、実はこの後も延々と続き、ついには北宋終焉の主要因となる。王安石は、その途中でいさぎよく政界を引退し、南京の郊外に隠居した。

 冒頭の詩は、そのような作者の晩年の作である。なるほどこの詩には、どろどろした政治の世界とは正反対の、万物天然の好ましい姿が飾ることなく描かれている。

(聡)


 (11/06/26 07:00)  





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漢詩の楽しみ  王安石  司馬光  


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