THE EPOCH TIMES

<赤龍解体記>(18)統一試験で「ゼロ点」とされた作文

2011年06月13日 07時59分
 【大紀元日本6月13日】中国の大学入試全国統一試験が6月7、8日に行われた。自分たちの運命を決める大事な時であるだけに、受験生たちはみな薄氷を踏む思いで各科目の問題を慎重に解いていくのである。

 受験科目の中で、「政治」と「歴史」と「国語」の中の作文は知識だけではなく、受験生の世界観や価値観を判定するものとして、従来重視されている。したがって、受験生は、合格そして高得点を得ようとすれば、教育されてきた通りに回答しなければならず、少なくとも埒を越えてはならない。そうしなければ、往々にしてゼロ点と判定されてしまう。

 しかし、近年「ゼロ点」と判定される作文が続出している。今年「ゼロ点」となった作文が次のものである。この作文のどこに問題があるのだろうか。

 ■時間が過ぎ去る中、大学に進学すべきか否か

 わたしは非常に悩んでいる。わたしは心の中で自分に何回も何回も聞いている。今の大学に進学すべきか否か。

 時間が過ぎ去る中で、わたしは非常に悩んでいる。

 今年の両会(全人代と政協会議)で、ある人民代表がわたしたちに次のように勧めた。農民の子どもが大学に進学するのを勧めない。なぜなら、いったん大学に進学すればもう故郷に帰れなくなる。これは悲劇である。つまり、都市に留まれば、高い家賃、高い物価、高い生活費という「三高」に農民の子供が耐えられるものではない、という。わたしはこの人民代表の差別的言論を責めたくない。ただ、わたしの父は高官でもないし、私自身も中国少年先鋒隊の幹部でもないので、慎重にこの問題を考慮しなければならない。

 時間が過ぎ去る中で、わたしは非常に悩んでいる。

 家にはわずか4ムーの農耕地しかなく、麦と稲の産量は1ムーあたりおよそ500キログラム(干ばつにならなければ)であるが、1キログラムの収入は2元(およそ25円)弱だが、年に2回の収穫でも8千元(10万円)ほどである。肥料などの諸費用を除けば、1ムーの収入はわずか400元(5千円ほど)で、年入は3200元(4万円弱)となる。でも、我が国は偉大な国であり、今は世界第2位の経済大国であり、GDPが毎年8%以上増え続け、外貨準備高は1兆人民元も超えているの知っている。全国民が幸福な春に浸っており、太陽よりも輝かしい公平と公正を享受している。しかし我が家は立ち遅れてしまい、国家の面子を失わせ、申し訳なく思っている。たとえ清華大学のような名門大学に合格しても、高い学費や高騰している物価に降参するしかない。したがって、農民の子供が大学に進学すべきか否かというわけではなく、何を以って大学に進学するかという問題だ。わたしが国を愛さないのではなく、国家が何を以ってわたしを愛するのか、という問題なのだ。

 時間が過ぎ去る中で、わたしは非常に悩んでいる。

 北京大学のある教授は、「もし40歳で年収が400万元にならなければ、おれに会いに来なくてもいい。おれはお前のような学生を認めないのだ」と、学生に訓示した。雲南大学のある教授は、「おれの車はBMWで、おれの携帯の番号は8が7つだ(中国では、携帯や車のナンバープレートは「8」が好まれるため、それが連続した番号は競売されている。つまり、8が連続した携帯番号は高い身分や裕福の象徴となる)。お前らのボロ携帯なんか捨ててしまえ」と言った。同じく今年、西安音楽大学の大学生、薬家鑫が車で歩行者をはねた上、刃物で殺害した。

 今の大学はどうなっているのか、今はなぜ学術界に巨匠が出ないのか。わたしは大学で一体何が学べるのか、と教育部に聞きたい。

 時間が過ぎ去る中で、わたしは非常に悩んでいる。

 受験前、卒業したばかりのあるお兄さんに大学での感想を聞いた。彼は茫然としてわたしの肩を叩きながら言った。「4年間の歓楽と激情が終わった後、大学はパンツを取り上げ、『お前は青春と金銭を残してここを出てもよい』と冷たく言うのだ。こうして、ぼくはようやく分かった。ぼくが大学に進学したのではなく、大学にやられたというわけだ。これがぼくの最大の感想だ」。わたしは涙を流しながら彼の手を握ってお礼を言った。彼の注意により、わたしも大学にやられる心理的な準備ができているのだ。

 時間が過ぎ去る中で、わたしは非常に悩んでいる。

 今の大学は精神が崩れ、金銭に跪くようになった。このような奴らが正々堂々と、天地の間に毅然と立てるような立派な学生を育てることができるとは考えられない。もし、奴隷に子供を教育させるなら、入学する前はひとかどの人材であったとしても、卒業後は奴隷に堕ちるしかないのではないか。

 この厄介な時代に、過ぎ去る厄介な時間を見ながら、わたしはなお苦しく考えている。この厄介な大学に進学すべきか否かと。

 実は、大学に進学すべきか否かと悩んでいるのは、わたしだけではなく、13億の中国人であり、わたしはただそれをはっきりと言っただけなのだ。

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