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歌川広重【名所江戸百景】堀江ねこざね(ウィキペディアより)

【今に伝える江戸百景】 大いなる寛容の海・東京湾

 【大紀元日本6月28日】旧江戸側の河口付近である「ねこざね」という地名は、現在の千葉県浦安市猫実にその名残を見ることができる。

 その猫実からはるか先まで埋め立てられたところに今の海岸線があり、さらにその先端部に、ケーキの上の飾り物のような東京ディズニーランドがある。

 先日の震災の折には、東北のみならず、この浦安でも液状化現象によって地盤がゆるみ、家屋や電柱が傾くなどの深刻な被害が出た。被災者にはお気の毒な限りであるが、江戸末期には完全に海であったところを埋め立てて造った人工の陸地が、かくももろいものであったことを現代人に見せつける結果となった。

 今、東京湾岸はすべて人工物で埋まっている。建物だけでなく、干潟や浜辺さえも人工のものなのだ。その是非をここで述べるつもりはない。ただ東京湾が、目を閉じて静かに祈る慈母のように昔も今もそこにあるということについて、今一度考えてみたいのである。

 歌川広重は、この絵の背景に自分が大好きな富士山を配したが、この絵の奥は北の方角なので、実際には富士山は見えない。ただその中に描かれた旧江戸川の河口と、村落の静かなたたずまいは、当時の東京湾の面影をしのばせる良い資料となっている。

 東京湾は、三浦と房総の両半島によって、両腕に深く抱きしめられたような、典型的な内海である。

 浅い海というのは、非常に大切なのだそうだ。昔、人々は干潟や浜辺に出て、手で魚介をとる漁り(すなどり)をした。当時、江戸の町から流れ出る汚水の量は微々たるもので、江戸湾の貝類や微生物がになう分解能力を超えることはなかった。

 マグロやカツオなど大型の回遊魚は外洋に出なければ獲れなかったが、それ以外の魚は湾内の漁で十分に獲れた。浅草で採れたのでアサクサノリと名づけられたというのは、まんざら虚構でもなく、確かに高級品の板海苔は江戸の名産であった。

 江戸前の海は、汚染しらずの豊饒の海だったのである。

 ところが明治以降、とくに第二次大戦後において、東京湾の状況は一変する。東京都の人口増加と、千葉から横浜にわたる京浜地区の大規模な工業化によって、東京湾は廃水の溜め池となり、恐ろしいほど汚れた。

 また、豊かな恵みの浜辺は企業進出のためどんどん埋め立てられ、豆腐のように切り売りされていった。

 微生物の手に負えないほど水質が悪くなれば、分解できない汚染物質が大量のヘドロとなって海底にたまる。たまりすぎたヘドロは浚渫しなければならないが、それをするとその場所だけが大穴となって残る。実は、東京湾の奥は穴ボコだらけなのである。

 その穴の底には、海面から遠く離れてよどんだ貧酸素状態の海水が、死水となってたまってしまう。通常、穴底は水温が低いため、海水の上下が入れ変わらないのだ。

 ところが風などの影響で表層の海水が移動すると、穴底の貧酸素状態の海水が流れ出してくる。明るい緑色に見えることもあるので、東京湾の水がきれいになったのかと錯覚するのだが、実はこれが魚介類を死滅させる恐ろしい青潮なのである。

 これに対して、富栄養化によって植物性プランクトンが異常に増えた状態が赤潮であり、好ましいものではないが、青潮ほど深刻な事態を招くことはない。

 東京湾は、これら近代日本人の業(ごう)がなした穢れの水を、ただ黙ってその懐に受け止め、外海に出さぬようひたすら耐え続けてきた偉大な海、まさしく寛容の海なのである。

 世界遺産となった小笠原の美しい碧海も東京都の海ではあるが、この東京湾も、長年お世話になってきたかけがえのない私たちの海なのだ。

 江戸の人々に恥じぬ、現代の私たちでありたい。

 東京湾の潮風を受けながら、そう思った。

 
舞浜大橋の向こうが、旧江戸川の河口。写真の右手に東京ディズニーランドがある(大紀元)

江戸川の河口から東京湾を望む(大紀元)

東京湾の最奥部、葛西海浜公園の人工浜・西なぎさ(大紀元)

東京の人工浜でとれた貝はアオヤギだった(大紀元)

潮が満ちてくると、子供たちは服のまま泳ぎだした(大紀元)

※『名所江戸百景』江戸末期の浮世絵師・歌川広重(1797~1858)が、最晩年の1856年から58年にかけて制作した連作の浮世絵。作者の死後、未完成のまま残されたが、二代目広重の手も加わって完成された。目録表紙と117枚の図絵(二代目広重の2枚も加えると119枚)からなる。

(牧)


 (11/06/28 07:00)  





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