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【漢詩の楽しみ】 出塞(しゅっさい)

 【大紀元日本7月31日】

秦時明月漢時関
万里長征人未還
但使龍城飛将在
不教胡馬度陰山

 秦時(しんじ)の明月、漢時(かんじ)の関(かん)。万里長征して、人未だ還らず。但だ、龍城の飛将をして在らしめば、胡馬をして陰山を度(わた)らしめず。

 詩に云う。はるか昔の秦の時代にも輝いていたであろう明月。そして漢の時代から、この西域にあった関所。それらは、今の唐の時代になっても変わりはない。そして、万里の彼方まで遠征していった夫も、まだ帰らないのだ。ただ、あの漢の時代に、龍城の飛将軍として匈奴に恐れられた李広(りこう)将軍のような名将が今の世におられたならば、えびすの兵馬などに、陰山山脈を越えて唐土へ侵入させはしないでしょうに。

 漢詩のジャンルの一つに、辺塞詩(へんさいし)というのがある。西域や北方の守備のために出征した兵士の情感を主なテーマとするが、辺塞詩の傑作とされるこの詩は、出征した夫の身を案じる妻の立場で詠われているのが特徴的と言えるだろう。

 作者の王昌齢(700~750、いずれも推定)は、李白に詩を送っているところからして、両者は友人関係であったらしい。

 「出塞」という題名は、個別の詩題ではなく、楽府題(がふだい)の一つである。漢の時代に楽府という音楽を司る官署があったが、後に、その官署に集められる歌謡を「楽府」と呼ぶようになった。唐代になると楽器による古楽は演奏されなくなったが、試作の上では、朗詠する詩の共通題としての「楽府題」が存在した。

 現代の中国人の多くは、唐の時代に憧れをもつという。では、唐代の人々はどうかというと、どうやら漢代にかなりのシンパシーを抱いていたらしいのだ。唐の時代からは数世紀も前である。その漢の第7代皇帝・武帝のころは、高祖・劉邦以来、分の悪かった匈奴との戦いに連勝するようになり、漢の版図は最大となった。

 漢の飛将軍として敵方である匈奴に恐れられた李広は、武帝のころには年老いて後方に回されるようになっていた。かつての勇将として働く場が与えられないことを悲憤し、ついに自刎して果てる悲劇の将軍であったが、民間での人気は絶大であったらしい。

 唐の時代にも、突厥やウイグルなど、北方や西方の騎馬民族とは、果てることのない戦いが続いていた。「今の世に、昔の李広将軍ような名将がいてくれたらなあ」というのが、この詩の背景にある一種の「気分」なのであろう。

 それは、頼りになるリーダーがいてくれたらなあ、と願う今の日本人の気分に、もしかすると近いかも知れない。

(聡)


 (11/07/31 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  王昌齢  李白  辺塞詩  李広  


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