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斎藤茂吉像(斎藤茂吉記念館/ウィキペディアより)

【ぶらり散歩道】--山形篇-- 斉藤茂吉記念館

 【大紀元日本8月25日】JR奥羽本線茂吉記念館前駅(無人駅・公衆トイレなし)で下車して、春には200本の桜が咲くみゆき公園内にある斉藤茂吉記念館までは歩いて5分と近い。東に蔵王連峰が見える小高い公園内には、記念館のほかに茂吉の箱根山荘の勉強部屋(書斎=昭和54年移築)と環翠亭(明治14年、明治天皇東北巡幸の際の小休所=昭和57年復元)がある。歌碑は斉藤茂吉が3基、伊藤左千夫1基、島木赤彦1基がある。公衆トイレはあるが、冬季は使用できないので、記念館の開館時間以外は注意されたい。

 受付とミュージアムショップの先にある広い1階ロビー横には、茂吉晩年の居間(寝室・書斎)が再現された部屋があり、一緒に暮らした家族が紹介されていた。

 地下1階の常設展示室は、茂吉の生涯の活動を四つのコーナーに分けて紹介している。展示室入口で、茂吉の書による「写生道」の大きな文字で迎えられる。

 第一のコーナー「赤き華あかき光を」では、上京して作歌を志し、第一歌集「赤光」を出版した大正2年までを紹介している。また、アララギの歌人たち、芥川龍之介らとの業績も紹介している。「白き華しろくかがやき赤き華あかき光を放ちゐるところ(赤光)」

 第二のコーナー「一本の道とほりたり」では、養父斉藤紀一の次女輝子と結婚、長崎の医学専門学校に赴任、歌集「あらたま」の刊行、渡欧、帰国後消失した病院の再建、柿本人麻呂の研究、相次ぐ歌集の刊行、戦火が急速に激しくなるころまでのあわただしい時期を紹介している。「あかあかと一本の道とほりけりたまきはる我が命なりけり(あらたま)」

 第三のコーナー「逆白波のたつまでに」では、昭和20年の金瓶への疎開、昭和21年の大石田への移居、昭和22年の帰京、昭和26年の文化勲章受章、そして70歳9ヵ月で亡くなるまでを紹介している。茂吉の風貌からして、もっと高齢で亡くなったものと思っていたので、自分の年令よりも若い70歳とは意外だった。「最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも(白き山)」

 愛用の印章や遺品などの展示や「楡家の人びと」の舞台ジオラマは、興味深いものであった。館員はみんな親切で、心地よいひと時を過ごさせていただいた。

 斉藤茂吉記念館 上山市北町字弁天1421 電話:023-672-7227 開館時間:9:00~17:00 入館料:400円

 
(江間十四子)


 

 (11/08/25 07:00)  





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