THE EPOCH TIMES

英国バイリンガル子育て奮闘記(98)アムネスティーへの手紙(2006年)

2011年08月01日 07時00分
 【大紀元日本8月1日】2年制の高校でのインターナショナル・バカロレアのコースでは、6教科の履修に加え、コミュニテー・サービス50時間というものが課されていた。社会に貢献することならなんでも良いようで、オリエンテーションを兼ねての1泊キャンプに参加して小道の清掃をすれば、コミュニティー・サービスに数時間が加算されるようになっていた。

 キリスト教徒の友人の勧めで、娘は「ホームレスに朝食を」という宗派の枠を超えた共同プロジェクトに参加した。週に1回、ベーコンや卵のイングリッシュ・ブレックファーストを調理しに、近くの救世軍に通いコミュニティー・サービスの時間に充てていた。手作りの蓮の花を救世軍のオフィスに持って行き、中国の強制労働のことなどを話したら、お金がほとんどないはずの人たちが、「俺は絶対に中国製造のズボンは買わないんだ」と言い張っていたそうだ。たまたまホームレスになっちゃっただけで、実は根の良い人たちなんだと娘は学んでいた。 

 また、人権侵害の被害者のために取り組むアムネスティー・インターナショナル(英国が発祥地)の活動も校内にあり、自分の信条により投獄されている一人の囚人を取り上げて、その国の首脳や収容所の責任者に保釈を願う手紙を書くことも、コミュニティー・サービスの時間に加算されるようになっていた。担当教師が指導するミーティングで、娘は法輪功学習者のことを皆に説明し、投獄されている一人を取り上げ、手紙を書いた。なんと、その人がタイミングよく釈放され、担当教師も、こんな体験は始めてだと目を丸くしていたという。

 当時、どうしても中国での法輪功学習者の迫害のことが口に出せなかった私にとって、この出来事は、大きなインパクトを与えてくれた。戦中派の両親から「お上に逆らうと怖い」という観念が植え付けられていたため、自分が法輪功を修煉していると口にしただけで警官に連れ去られてしまうのではという恐怖心があった。英国育ちの娘に「なんでみんなに迫害のこと言わないの?かわいそうじゃない」と何度も言われ、「あなたには全体主義国家の怖さが分からないのよ」と親子の口論となっていた。

 苦しみの中にいる人々を直視せず、自分だけを守ろうとしていた身勝手さに気づき、中国本土ではなくヨーロッパにいるんだから、人に伝えることが私の役目なんだ、と娘の高校のカリキュラムを通して、私自身が成長させてもらった。

 (続く)

 著者プロフィール:

 1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。

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