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【漢詩の楽しみ】 芙蓉楼送辛漸(芙蓉楼にて辛漸を送る)

 【大紀元日本8月28日】

寒雨連江夜入呉
平明送客楚山孤
洛陽親友如相問
一片氷心在玉壺

 寒雨、江に連なって、夜、呉に入る。平明、客を送れば楚山孤(こ)なり。洛陽の親友、如(も)し相問わば、一片の氷心、玉壺に在り。

 詩に云う。寒々とした雨が降り続き、その雨水が長江にそそぎ込む夜に、私と友人たちを乗せた船は呉の地へ入ってきた。やがて送別の宴の夜が明け、旅立つ友である辛漸(しんぜん)君を見送った朝には、昨夜来の雨も上がって、楚の山の一峰がはるか遠くの対岸に見えている。辛漸君よ、君が洛陽に着いたら、きっと私の旧友たちが、「王昌齢はどうしているか」と君に訊ねるだろう。君は、こう答えてくれ。「王昌齢は、一片の氷心が玉壺の中にある、そんな清らかな心境でいたよ」と。

 作者は王昌齢(700~750、いずれも推定)。進士合格者であり、今日にも伝わる名作を多く遺すほど詩才はあったが、素行はあまり良くない人物だったらしい。そのため江蘇省の地方官に左遷されており、この詩にも当時の境遇がうかがわれる。

 芙蓉楼(ふようろう)は、江蘇省鎮江(ちんこう)にあった旅館の名前。鎮江は、長江の船旅における主要な宿場町の一つであった。

 さて、この詩の登場人物とその関係が分かりにくいかと思われるので、今一度、整理して見よう。作者・王昌齢とその友人たちは、洛陽へ向けて明朝旅立つ友人の辛漸を見送るために、船を仕立てて鎮江の芙蓉楼まで一緒に来た。呉とは、鎮江を含む江蘇一帯を指す。夜の船中では、送別の宴が催されていただろう。そして雨も上がった翌朝、辛漸は西へ向かう船で旅立って行った。

 そこから先は、全て王昌齢の創作による、多分に美化されたストーリーである。洛陽は唐の第二の都であるから、王昌齢とは旧知の友人も多い。友人らは辛漸に、興味半分にこう聞くだろう。「左遷されたあの王昌齢は今どうしているか」と。

 そこで、予想されるその質問の答えを、王昌齢自身が用意してしまうのである。

 一片氷心在玉壺。古来より漢詩の名句として知られるこの一句は、見ようによっては、自分の不徳によって都落ちした者が、未練がましくも無理に張っている虚勢、または精一杯の格好付けのようにも見えるのだ。

 漢詩としては確かに名作の一つではある。ただし、後世の人間が自分の心境を表現するために、この句をやたら引用するのは控えたほうがよいようだ。

 最近の日本の政治家の中にもこの一句を好んで使う人がいるが、かえって恥をかいているようで、失笑を禁じ得ない。

(聡)


 (11/08/28 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  王昌齢  洛陽  鎮江  一片氷心在玉壺  


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