THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第8章(7)

2011年09月25日 09時52分
 【大紀元日本9月25日】

2.党から離れない創作の習慣性

 二〇〇五年十一月十三日、吉林省石油化学製品会社の工場が爆発して、松花江は大量の発ガン性毒物に汚染された。汚染物質が松花江に沿って拡散し、下流が至急防止措置を取らざるをえない緊急時の際、中国共産党当局は十日間ほど災害の情報を隠蔽した。 

 しかし、その月末に黒龍江テレビ局は三日間をかけて特別番組「水の絆」を作った。報道によると、徹夜で制作されたこの特番は、歌、舞踊、漫才、ショートコントなど多種多様な形を通じて、爆発と汚染事件に吉林省共産党委員会と吉林省政府が、市民をリードして素早く対応し、優れた行政能力を発揮したことを賞賛していた。

 番組を制作する際、災難を祝いの背景にし、被災者を脇役にし、中国共産党官僚を賞賛の主役にする考えは、正常な社会でとても不思議に思われるが、中国共産党統治下の中国人はとっくにこれに慣れてしまっている。

 このような「党を第一考える」という思考回路は、同じくニュース報道でもみられる。上述の事件が発生後、黒龍江省重要なウェブサイトである「東北ネット」は、「中小学生は断水期間を充実に過ごしている」、「断水期間中、ハルビン市幹部の活動実写」、「高齢者に水を届ける武装警察」、「断水期間、病院で粥とスープ類の供給が減っていない」、「身体障害者の生活用水を保証」などと報道した。要するに、「情勢は一面に良い」、ひいては被災前よりも良いようで、目的は「吉林省委員会と省政府の人間本位の行政能力」を賞賛するためである。

 断水四日後、ハルビン市の給水が回復した時、黒龍江省・省長は取材陣の前で一口目の水を飲んだ。新華ネットは『黒龍江省・省長が一口目を飲み、市民は詩を書いて賛嘆』をタイトルに報道した。報道の最後に、「小屋一面に嬉しい笑い声が鳴り響き、四日間以来、水汚染の影響でくすんだ気持が雲散霧消した」と報じた。市民の生命と健康を損ねた特大な汚染災難はこのようになくなった。結論は、「党の助け」があってこそ、市民ははじめて災難を乗り越えられたというものであった。

 「党に対する賛美を第一に考える」という思考回路は、様々で複雑な成因と特徴を持つが、共産党の影響がない限り、このような作品は決して生まれることもない。

 中国共産党は「文芸は政治のためにサービスすべき」と公言して、それを達成させるように宣伝機関をコントロールする。だから、文芸作品は創作当初から党の宣伝用の印刷物という運命が定められた。また、創作するには実生活を体験して表現しなければならないが、生活の中に党文化が充満しているため、作者は体験したのも表現したのも党文化そのものである。さらに、作者自身も党文化に漬かって深く影響されてきて、党の要求に沿って素材を探す。また、作者一家の収入、生活、住宅、医療とも党に統制されているため、作者は良心に背いて中国共産党に迎合するのも、習慣になるわけである。このように、創作の動機から内容まで、すべてが党文化の帳の中にあり、その利益も党から離れることはない。

 1)創作の動機に「党」の要素が存在

 中国の相当の文芸作品は党の功績を賛美するためのものである。うその宣伝を信じて、多くの国民は中国共産党を「救世主」のように感謝して賛歌を歌って、共産党と党首を熱狂的に崇拝する。このような代表的な作品に『紅旗譜』、『青春の歌』、『苦い菜の花』、『三家巷』、『紅岩』、『洪湖赤衛隊』、『南北転戦』、『董存瑞』、『上甘嶺』、『烈火の中で永遠に生きる』、『小兵士張』、『赤色の女性部隊』などがある。小説、詩、オペラ、映画とも例外なく、中国共産党が中国を統治する歴史の必然性と正確性を賛美し、国民に対する「大きな恩」を反映している。「党よ、親愛なる母」、「毛主席と共産党は私たちを育てた」のような歌はなおさら赤裸々に共産党を謳歌している。

 ここ20年来の文芸作品を振り返って見れば、書き方がもっと精巧に、材料収集の範囲がもっと広く、人物の人間性をめぐる描写がもっと充実したが、中国共産党を謳歌する基調は変わっていない。例えば、映画『建国大典』、『周恩来』、『大決戦』、『焦裕禄』、『雷鋒を離れる日々』、『孔繁森』などがそうだ。

 「改革開放」以降新しく現れた「改革文学」と「市場経済文学」は、「改革開放」後の社会の変化を描写する目的だが、間接的に中国共産党の功績を謳歌する作品になった。改革開放政策は、数十年の鎖国をした中国共産党が仕方なくて選んだ道だが、芸術作品を通じて、中国共産党の過去の罪を抹消して今の功績を証明するための手段に使われた。

 「文革」年代に、文芸作品は完全に党文化を宣伝するために使われた。階級闘争と武力革命を扇動するために「革命的模範劇」が創作され、日常生活に充満して、政治宣伝用のせりふは民間の流行語になった。例えば「彼のような英雄になろう」、「時代の新しい勇将になろう」、「『毛沢東選集』を手に取ったら胸が暖かい」、「悪者を消滅しないと戦場を降りない」、「血の債務は血で償う」、「熱い血を流して歴史を書く」、「憎しみを心に植えて発芽させよう」など。

 これと似て、三千万ドルの製作費用をかけて、大量の軍人を動員した映画『英雄』は、秦の始皇帝を賛美し、独裁独断の党文化を吹聴し、間接的に中国共産党の神輿担ぎをしている。映画では、共産党の権力を天下人の利益と混同し錯乱させ、権力を握るために国民を虐殺した統治者を天下人の利益の代表のように謳歌し、無意識のうちに、一個人の命を犠牲にして暴君の統治を助けるべきという思想を観衆に注ぎ込んでいる。

 (続く)

関連キーワード
^