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【漢詩の楽しみ】 秋浦歌(しゅうほのうた)

 【大紀元日本11月14日】

白髪三千丈
縁愁似箇長
不知明鏡裏
何処得秋霜

 白髪三千丈(はくはつさんぜんじょう)。愁(うれい)に縁(よ)りて箇(かく)の似(ごと)く長し。知らず、明鏡の裏(うち)。何(いず)れの処(ところ)にか秋霜を得たるを。

 詩に云う。鏡に映るわが姿を見れば、白髪が三千丈もあろうかと思われるほど長くなっていた。愁いのために、こんなにも長くのびたのだろうか。いったいこの鏡中のどこに、これほど多くの白い秋霜があったのか分からない。

 李白(701~762)の作。第一句の「白髪三千丈」はあまりにも有名であるが、ややもするとその部分だけを見て、これを李白独特の誇張表現の詩としか理解せず、本来の鑑賞から遠ざかるきらいがある。それでは泉下の李白も不本意であろうから、ここに採り上げることにしたい。

 「秋浦歌」は17首の連作で、この詩はその15首目。秋浦は安徽省貴池県の地名で、50代半ばの李白は、ここに客(かく)となっていた。

 李白の晩年は不遇であったが、それは象徴的意味において、唐王朝衰亡の始まりにも相当する。「白髪三千丈」は誇張表現ではなく、また老いた自己への諧謔でもなく、李白の偽らざる実感だったと見るべきだろう。若い頃から壮年にかけての精力的な自分は、今はない。李白は存命中からその詩才を絶賛され、「詩仙」と尊称されていたが、詩の仙人も老いるということを認めざるを得なかったのだ。

 正確に言えば、道教の基盤の一つである神仙思想において「老い」は悲しむべきことではない。「不老不死」とは永遠に青年でいることではなく、老いても衰えず、仙術といわれる超能力をもつ境地に近づく理想を指すのである。

 しかし人間には寿命があり、歳を重ねれば衰えることを避けられない。その現実を突きつけたものが「明鏡」であった。

 澄んだ鏡が李白に与えた衝撃。それが万古の名句を生んだのである。

 
(聡)


 (11/11/14 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  李白  白髪三千丈  詩仙  神仙思想  


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