THE EPOCH TIMES

中国崑崙山の仙人(1)

2011年11月07日 07時00分
前書


本文は、私が知り合った先天道を修めた平先生(500歳)の経歴を記録したものである。文章はすべて記憶によるもので、何人かの人の記憶を統合したもの、または私と平先生の間であった、とぎれとぎれのいくつかの対話を元に書いたものであるため、文の繋がりがよくないと感じられるところもあると思われる。私はそれらを一つに統合し、論理的な文脈を整えるため、想像を使った文字を加える場合があったが、事実を離れた記述はない。平先生との経験から、私は世の中の多くの出来事は人が思っているものとまったく違うということが分かった。本文を読んだ後、多くの人は考え方が変わると思う。

 平先生は昆侖山で先天道を修めた世外奇人(せいがいきじん:仙人のこと)で、年は500歳を超えていた。私は幸いにも平先生と縁を結ぶことができ、小さいころから平先生と知り合うことができた。下記は私と平先生が知りあって数年間、平先生が私に口述したことや、一緒に経験したことである。これらのことを公開するのは、世の中の人々にはまだ知られていない、世外奇人の真実の生活を多くの人に伝え、彼らと自然界に対する世間の人の誤解を取り除くためである。

 平先生と会った人はいるかもしれないが、誰も彼が世外奇人であるとは知らないだろう。

 平先生は行脚(あんぎゃ)することが好きで、既に中国全土を踏破した。平先生は修行者であるが、道教を修めたのではなく、自分では先天道に属していると話していた。私は修行のことについてはあまり分からず、修行者はいつも道士の服を纏い、怪しいヘアスタイルをし、挙動の少し奇怪な人であるだろうと、頭の中で想像していた。しかし、平先生は道士の服も着ていないし、怪しいヘアスタイルもしていなかった。髪の毛はあまり長くもなく、ぼうぼうと乱れていて、まちまちで、一般人と同じであった。少し異なるところがあるとしたら、夏になると破れている麦藁帽子をよく被り、破れた帽子で目を遮っていたことだ。道を歩くと、普通の農民と変わらず、多くの人に見られたとしても、彼を覚える人はいなかっただろうし、彼を見破る人は更にいなかった。

 平先生は世外奇人で、ふだんは昆侖山で修行している。彼は一回昆侖山に上ると、数十年または数百年も山を下りることはない。話もしないが、世の中で起きた出来事はみんな知っていると彼は言った。彼は一定の時間が過ぎると、山を下りて行脚に行くが、今度はこれで最後だそうだ。

 平先生は自分が500歳であると言っていた。私は彼の話を信じたが、彼は全然老けて見えなかった。髪の毛はまだとても黒く、ひげを生やしている様子はまだ中年の人のようだった。平先生と知り合って30数年間、彼の外観はほとんど変わっていない。彼にとっては、歳月というのはまるで何の関係もないようであった。私はこの不思議な現象に驚いた。平先生との縁を話すと、私が生まれたころに遡らなければならない。当然ながら、その時のことについては私の両親に教えてもらったものである。

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