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【漢詩の楽しみ】 照鏡見白髪(鏡に照らして白髪を見る)

 【大紀元日本12月3日】

宿昔青雲志
蹉跎白髪年
誰知明鏡裏
形影自相憐

 宿昔(しゅくせき)、青雲の志。蹉跎(さた)たり、白髪の年。誰か知らん、明鏡の裏(うち)。形影(けいえい)自ら相憐(あいあわ)れむとは。

 詩に云う。昔の若い頃は、青雲の志を抱いていた。しかし、その志は得ないうちに、こんな白髪の歳になってしまったよ。鏡の中の我が姿など、一体誰が知るだろう。こうして私と、私を映した影とが、互いに憐れみあうことになろうとは。

 作者の張九齢(ちょうきゅうれい、678~740)は、李白より少し前の人で、文学史では初唐の詩人に分類される。

 一見すると、若い頃の志がかなわずに年老いた悲哀の詩ようだが、実際の作者は、玄宗皇帝の側近として仕えるほど高位にまで出世した人物である。つまりこれは作者の実感の詩ではなく、おそらくはサロンに集う文人たちが、表現の機知を楽しむため虚構のテーマを設定して作った一首と見るべきだろう。

 和歌の技法の一つに「本歌取り」というのがある。有名な古歌をふまえ、そこに自作の歌を重ね合わせてうたうことにより歌の趣を奥深いものにする技法で、『新古今和歌集』の時代に盛んに行われた。

 では漢詩の世界に「本歌取り」があるかというと、和歌の場合ほど明確に意識されてはいないが、詩歌創作の必然として「先行作品をふまえた新作」はあると考えるのが自然であろう。

 そこで私たちは、あの「白髪三千丈」で有名な李白の「秋浦歌」を思い出す。

 白髪三千丈、縁愁似箇長、不知明鏡裏、何処得秋霜。

 第三句は張九齢の詩に酷似しているが、ここで李白と張九齢の関係を追及する意図はない。ただ、漢詩の宇宙における二つの星が、不思議な接近をしたのではないかという空想を楽しみたいのだ。

 キーワードは「明鏡」。当時は銅鏡であるが、文学的想像力をかきたてる神秘的な小道具であったことは和漢の別を問わない。

 (聡)


 (11/12/03 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  張九齢  李白  新古今和歌集  本歌取り  


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