THE EPOCH TIMES

中国崑崙山の仙人(9) 真体 - 2

2012年01月09日 07時00分
 【大紀元日本1月9日】
前書

本文は、私が知り合った先天道を修めた平先生(500歳)の経歴を記録したもので、文章はすべて記憶によるものである。何人かの人の記憶を統合したもの、または私と平先生の間であった途切れ途切れのいくつかの対話を元に書いたものであるため、文の繋がりがよくないと感じるところもあると思われる。私はそれらを一つに統合し、論理的な文脈を整えるため、想像を使った文字を加える場合があったが、事実を離れた記述はない。平先生との経験から、私は世の中の多くの出来事は人が思っているものとはまったく違うということが分かった。本文を読んだ後、多くの人は考え方が変わると思う。
 
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 私は、最近仏教の本の中で見た「不二法門」という言葉を思い出し、口に出すと、平先生は首を縦に振って頷いた。

 彼は、あれこれの気功を練習している父のことを心配し、三界の上には、一つの法門に対応する一つの行き先があり、その法門を練る人が最終的に帰着するところがあると言った。人はみな一つの「真体」(本当の体)を持っており、この真体は肉体の体ではなく、この空間では現れないため、一般の人には見えないものであるという。本当に修練するときは、この真体が作用するが、もし同時に二つ以上の法門を練習すると、真体が損なわれてしまい、三界の上のどこも、この人を認めないため、再び修練することができなくなるという。

 これらの法門は、なぜ継承者を一人だけ選ぶのか。なぜ、数百年、数千年をも費やして、継承者をひとりしか選ばないのか。それは他でもなく、選ばれた人は一番良い人でなければならず、必ず修行に成功できる人でなければならないからだという。さもなければ、もし弟子が大きな過ちを犯した場合、師父も弟子の罪の代償を支払わねばならず、弟子の罪を償うため、師父は自分の次元から下へと打ち落とされることもあるからだ。

 呂洞賓(りょ・どうひん、道教における仙人の一人)は、「動物を済度しても、人は済度しない」という言葉を残したという。なぜ彼はそのように言ったのだろうか。人間は、情、欲、怒り、恨み、名、利、色に迷うものだが、一様に捨て去ることができるだろうか。口では捨てると言っても、本当に捨てようとすると、心は刀で切られるかのように痛み、人は済度することが難しいからである。

 世の中にはなぜ宗教が伝わり、聖人も現れたのだろうか。それは人を済度するためであり、人類が堕落しないように保護するためである。彼らは天意を授かり、世の人々を救うために、世の中に降臨したのである。これは神の人間に対する慈悲であり、人間は自分の次元を超えた多くのことを知ることはできず、更に高い次元のことを知るには、修練してその次元に達しなければならない。気軽に、人にあまりにも高い次元のことを知らせると、それは神に対する不敬となり、人を害することにもなる。なぜなら、低次元の人は、あまりにも高い次元のことを受け入れることができないため、彼らは逆方向へ行ってしまい、永遠に信じなくなり、済度される機会を失ってしまうからである。多くのことは、我々が思うようなこととは違い、人が知っていることは本当に極めて少ないのである。それゆえ、人はどんな話でも大胆に口に出し、やってしまうのである。

 宗教には、それぞれ異なる一つの最終的な帰着場所がある。そのため、勝手にそれを掻き乱し、あれもこれも信仰してはならない。例えば、キリスト教の信者が最終的に帰着するところは天国である。一方、仏教には数多くの門派があり、門派ごとに最終的に帰着するところが違うため、同じ仏教であっても異なる門派を混ぜて練習してはいけない。そうでなければ、修練することはできなくなり、どこも彼を受け入れようとしないのである。

 また、平先生は父が理解することが難しいと思い、一つの例を挙げた。昆侖山の高所には、上善天真という、5千年あまりも修行した仙人がおり、彼の次元は、もう既に三界をはるかに超えているという。しかし、彼は若いころに他の法門を修練し、その法門の修練を終える前に、途中で今の法門に切り替えたため、真体が乱されてしまい、不純になった。そのため、両方の法門は、どちらも彼を認めなくなり、彼は三界の外における自分の帰着する場所を失ったのだという。次元は三界を超えているが、三界外に居場所がないため、彼はこの人間の空間に留まるしかなく、自分を助けて、最終的に帰着する居場所を与えることのできる、一人の聖人を待っているという。

 話の途中で、彼は突然自分の舌を噛んでしまい、口を閉じてしまった。それから、手を挙げて、自分の口を3回打った。彼の行動に、私と父はびっくりした。平先生がこのように異常な行動をするのは、目にしたことがなかったからだ。

 すこし時間が経つと、父は声を抑えながら、どうしたのかと聞いた。平先生は、落ち着いてからこう話した。上善天真は、ずっと私たちの会話を聞いていたのだ。そして自分の名前が人類に知られるのを嫌がっている上善天真は、人類に自分のことを言い出すのは、彼に対する侮辱だと思い、先程、平先生を処罰したのだ。彼の話を聞き、私と父は再び聞く勇気がなく、口を閉じてしまった。「頭を上げて3尺離れたところに神霊がいる」という言葉は、本当であったのだ。

 
(翻訳編集・柳小明)


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