印刷版   

(Fukuroneko/Creative Commons)

【漢詩の楽しみ】 洛陽訪袁拾遺不遇
(洛陽にて袁拾遺を訪ねて遇わず)

 【大紀元日本2月11日】

洛陽訪才子
江嶺作流人
聞説梅花早
何如此地春

 洛陽に才子を訪ねれば、江嶺に流人(るにん)となる。聞説(きくならく)梅花早しと。此の地の春に何如(いかん)ぞ。

 詩に云う。洛陽へ、友人である袁拾遺(えんしゅうい)を訪ねて行ったが、流罪の身となって江嶺へ連行されたという。聞くところ、君のいる江嶺の地は春の梅が早く咲くという。こちらの洛陽の春と比べて、そちらはどんなものかね。

 作者の孟浩然(689~740)は、李白よりも12歳ほど年長だが、李白との深い交友はよく知られている。漢詩には男同士の友情をうたった作品が非常に多い。表題の一首の相手は李白ではないが、やはり作者とは旧知の友人であろうと思われる。

 袁拾遺は、袁が姓で、拾遺は官名であるが、その人物はよく分からない。潘岳の「西征賦」という詩賦に、漢代に洛陽から長沙へ流された非凡の才子のことが詠われている。ここではその人物に、流罪になった友人の袁拾遺をなぞらえている。

 江嶺は、今日でいう江西省から湖南省のあたりになる。そこは西の長安とならぶ東の都・洛陽とは全く異なる未開の地、つまり流刑の者が送られる恐ろしい蛮地なのである。

 そのことをふまえてこの詩を味読すると、一段と胸に迫るものがあろう。今のように通信機器が無駄なほど発達していない当時、友に会いに赴くことの意味は重い。ところが訪ねていったその友は、なんと流刑の地にあるという。「洛陽」と「江嶺」、「才子」と「流人」の強烈な対比に読者は息をのむ。

 後半の2句は、明るく暖かな春の日ではなく、むしろ作者の悲しみの表現と見ていい。

 君のいる江嶺は、洛陽より南方であるから春の訪れも早く、梅も先に咲くだろう。洛陽の春と比べて、そこはどうだい。会えなかった友に、詩のなかでそう聞く作者には、もちろん流人の身である友の苦労が痛いほど想像できるのである。

 
(聡)


 (12/02/11 07:00)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  孟浩然  李白  


■関連文章
  • 【漢詩の楽しみ】 憫農(農を憫む)(12/01/28)
  • 【漢詩の楽しみ】 対酒(酒に対す)(12/01/15)
  • 【漢詩の楽しみ】 江雪(こうせつ)(11/12/12)
  • 【漢詩の楽しみ】 照鏡見白髪(鏡に照らして白髪を見る)(11/12/03)
  • 【漢詩の楽しみ】 秋浦歌(しゅうほのうた)(11/11/14)
  • 【漢詩の楽しみ】 江村即事(11/11/01)
  • 【漢詩の楽しみ】 秋思(秋の思い)(11/10/16)
  • 【漢詩の楽しみ】 九月十三夜陣中作(九月十三夜、陣中にて作る)(11/09/25)
  • 【漢詩の楽しみ】 九月九日憶山中兄弟(九月九日、山中の兄弟を憶う)(11/09/11)
  • 【漢詩の楽しみ】 芙蓉楼送辛漸(芙蓉楼にて辛漸を送る)(11/08/28)
  • 【漢詩の楽しみ】 夏夜追涼(夏の夜に涼を追う)(11/08/14)
  • 【漢詩の楽しみ】 出塞(しゅっさい)(11/07/31)
  • 【漢詩の楽しみ】 哭晁卿衡(晁卿衡を哭す)(11/07/19)
  • 【漢詩の楽しみ】 初夏即事(しょかそくじ)(11/06/26)
  • 【日本語に生きる中国故事成語】 竹馬(ちくば)の友(11/06/20)