■大紀元日本 http://www.epochtimes.jp/jp/2012/02/html/d15285.html



(Alaskan Dude/Creative Commons)

快適は毒入りの酒よりも悪し?

 【大紀元日本2月15日】誰だって、快適で幸せな暮らしがしたい。その願いを持つことは間違っていないが、度を超すと精神的にだらけてしまう。なぜなら、中医学の理論によれば、人の心と身体はひとつ。つまり、運動不足の身体が鈍って弱くなっていくように、快適すぎる暮らしは、知らないうちに心を堕落させてしまうのだ。

 東晋 (317−420)の時代、将軍を務めた有能な陶侃(とうかん)は、その功績を認められ、後に荊州の刺史となったが、妬まれて遠く広州に左遷された。広州は辺鄙な場所で公務もあまりなかったが、陶侃は遊興に耽ることはなかった。彼は毎朝、100個のレンガを執務室から中庭へ運び、晩にはそれを全部もとに戻した。人々は陶侃の行動を不思議に思い、なぜそのようにするのかと聞くと、陶侃は「私は、この人生が終わる前に、再び朝廷へ戻るつもりだ。もし、この地にいる間を快適に過ごし、自己満足に浸っていれば、後に自分の使命を果たせなくなる」と言った。陶侃は自分の肉体と精神を鍛え、堕落しないように心がけていたのだ。

 後に陶侃は荊州に戻り、重要な任務についたが、どんなに忙しくてもレンガ運びは怠けずに継続した。様々な困難を克服し、功績を上げた陶侃は、歴史に名を残す名将軍となったのである。

 古人曰く、「快適は毒入りの酒より悪く、徳を財産と交換すれば、それは運の悪いことである」。遊興は楽しいかもしれないが、人の志をくじく。どれほどの中国の王朝が、幾多の皇帝、高官、将軍、諸侯を生みだし、彼らの道徳の堕落と共に崩壊してしまっただろうか。快適すぎる環境にいる人は己を修する心を忘れ、欲望はとどまらず、いつしか邪悪な心が忍び寄る。従って、徳を積まずに快適で豊かな暮らしばかりを求めるのは、非常に危険なのだ。

 携帯やパソコンといった通信機器が発達し、エレベーターに乗れば、一瞬でビルの高層階に到着するという生活を送る私たち。快適過ぎる暮らしに慣れて、精神的にだらけていませんか?

 
(翻訳編集・郭丹丹)