THE EPOCH TIMES

中国崑崙山の仙人(29) 気 (二)

2012年05月28日 07時00分
 【大紀元日本5月28日】
前書

 本文は、私が知り合った先天道を修めた平先生(500歳)の経歴を記録したもので、文章はすべて記憶によるものである。何人かの人の記憶を統合したもの、または私と平先生の間であった途切れ途切れのいくつかの対話を元に書いたものであるため、文の繋がりがよくないと感じるところもあると思われる。私はそれらを一つに統合し、論理的な文脈を整えるため、想像を使った文字を加える場合があったが、事実を離れた記述はない。平先生との経験から、私は世の中の多くの出来事は人が思っているものとはまったく違うということが分かった。本文を読んだ後、多くの人は考え方が変わると思う。
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平先生は、万物にとって「調合」はとても重用なことであり、神医が言う病気の薬草調合も一種の「調合」であると言った。また、音楽芸術も一種の「調合」であって、五音と人の悟性、智慧をある方式で「調合」すると、見事で多彩な音楽と、様々な芸術を生み出すのだと言った。実はこのような「調合」はまさに「道」であり、「修行」であるのだ。

 「調合」は、「道」に基づかなければならず、「道」を悟り、真道を得て初めて自然に順応した、ひいてはそれを超えた高境界のすばらしい物事を「調合」することができるのだ。「道」に沿った「調合」は、自然万物の昇華を促し、人類全体および自然の境界を高め、世界をますます麗しく、境界をますます高くするのである。

 一方、「道」に沿わずに「調合」されたものは、破壊と汚染の働きにほかならない。人類が迷いに落ちていけばいくほど、「道」と離れて行けば行くほど、自然はますます破壊されるようになり、災難も多発するようになる。平先生によると、人類社会で行われる全ては「調合」であり、発明や創造、生存や発展、工作労作などなど、皆そうであるという。つまり自然界で行われるすべての活動は皆、「調合」であるのだ。ただ、行われる目的が異なるだけであって、生存を目的とするものがあれば、発展や享受の目的で行われるのもある。だが、「調合」を行うにあたって、それの「道」を知っている人はほとんどいない。実は万物には皆「道」が存在するのだ。

 もし、「道」に沿って「調合」を行うことができれば、人類は飛躍的な発展を迎えることができる。例えば、中国太古の時、人々は皆「道」に基づいて物事を行い、それをもって「調合」を行った。それゆえ、当時の人類世界はとても高い境界に位置し、高層の時空とも通じることができ、「万物相生」(万物はお互いに生じ合う)で、自然全体は調和のとれた幸せを誇っていた。当時の人類は、「半神」(半分は神)と呼ばれ、人類社会は「半神社会」と呼ばれたという。神通が現れ、人が飛昇しているのを目にするのも、当時では珍しくなかったという。中国にはたくさんの神話や伝説などが残されているが、それらはその時に伝わったものがほとんどで、当時の本当の物事が書き残されたのである。例えば、※「山海経」(せんがいきょう)は、当時の地理情報を記載したものだが、他の境界に存在するものを記述したため、今の地球では探し出せない。人類はその時、他の境界とも通じ合うことができ、他の空間を自由に出入りすることもできたのだ。

 平先生は、時間の経過につれて人類はだんだんと自分を見失い始め、ますます「道」と離れるようになったと言った。それにつれて、自然と人類全体の境界はだんだんと下へ落ちてしまい、人類の生活環境もますます苦しくなり、働くことによって食を得なければならなくなった。一所懸命に労作して農作物を植えても、土の中からは生計を維持する程度の、少ない食しか得ることができなくなった。しかし、人類は自分を反省するどころか、更に悟れなくなり、自然を改造し、破壊し、自分の発展と享楽を満足させるために働くようになった。人類の智慧は極めて小さく、見識が低く、自分たちのこのような行為がもたらす結末については、全く予想もしない。人類は自分を危険な境地に追い込んでしまったのである。全ての災難は皆、人類自らが招いたものなのだ。

 また平先生は、「気」は宇宙の循環要素の一つであるが、人類三界にはもう一つの循環要素があると言った。それはつまり「五行」だという。人類世界で、全ては「五行」の中で循環する。例えば、動物は植物を食にしているが、それが死んだ後は、分解され、また植物に吸収され、このように循環を繰り返す。つまり、大自然全体は一つの大循環なのだ。自然の中の全ては「五行」で構成され、全てがまた「五行」である5種の基本元素に分解することができる。自然に生まれた万物は、自然の中で分解されることができ、この「五行」の形で、自然界で循環し続ける。また、自然には一連の浄化機制があり、分解が行われた後は、分解された「五行」元素を浄化させ、自然が汚染されないように維持してくれるのだという。

 しかし、現代の人類は道の方向性を見失った後、心が魔変し、魔道によって形の奇怪な様々なものをたくさん製造し「調合」した。しかし、これらのものは分解することができないため、「五行」を破壊し、大自然を汚染し、破壊する。今日人類には各種の奇怪な疾病や各種の天災が現れているが、これらは人類が自ら招いたものであり、自ら作ったことでもある。今の多くの人は真体が汚染されて変形され、半分が人で半分が妖の形に変わっている人や、完全に魔となった人もいる。このように続いていくと、人類はなくなる。人類がこのようなことを行ったことにより、自分を害するだけでなく、高層の空間も汚染される。なぜなら、宇宙は一つの大循環であるため、神の世界にまでその影響が及ぶのだ。このように続くと、たとえ神が人類に処罰を下さないとしても、人類は自ら破滅してしまうのだ。それゆえ、このままだと人類に訪れる災難は避けられなくなる。

 平先生は、高境界の物質が低境界に対応してくると、時には「気」の形で現れると言った。例えば、彼が前に話したことのある「応霊」がそうである。彼によると、「応霊」は人間の世界で現れることなく、「気」の形をしているため、人には見えないが、某所に集まったり、空中に弥漫したり、流動したりする。「応霊」は散ると「気」となり、流動すると風となり、集まると形を形成する。それらの形を現すようにするには、功能またはある特殊な方法を通じなければならないのだという。

 また平先生は、漢方医だけでなく、風水や囲碁、兵法なども「気」と関係があると言った。例えば、※「風水陰陽宅」を探すというのは、実は霊気の集まる場所を探すことであり、こういう場所は「風水宝地」であるのだ。これらの宝地の多くは大自然のツボ、または臓器のある箇所にあるため、「気」を生じ、「気」を集め、最後に霊気を形成することができる。霊気を発するこのような環境の中に陰陽宅を建てると縁起がよくなり、幸福と爵禄(しやくろく)を得ることができ、神霊に加護され、その幸運は子孫にまで及ぶという。

 また、これらの「風水宝地」は、他の高次元の空間の吉祥な霊物を引き寄せるが、それらが宝地に集まると、それらの体が人間の空間に対応してきて霊気を生成する。「風水宝地」に住むことは、実はそれら霊物の体内に住むことと同じで、知らず知らずのうちにそれらの霊気を吸い込み、体が保養され、それらの加護を受けることになるのだ。

 平先生は、「気」は一つの「場」、いわゆる一つの「環境」を形成すると言った。類似するもの同士が集まりがちで、異なる物種は、それの生存に適する環境もそれぞれ異なるという。例えば、ムカデ、ミノムシどの陰性毒物は、陰湿な環境が好きで、乾燥しているきれいな環境の中では生存できない。それゆえ、陰湿な環境はこれらのものを招き、生み出すのだ。

 平先生は、神医が説いた疾病の中の「邪霊」を駆除することも実はこれと同じで、人の心が正しくなかったために「邪気」を生じ、招いてしまい、それが体に長く留まると、一つの「場」、一つの環境を形成するのだと言った。時間の経過につれて、このような環境は「病邪」を体に引き寄せる。それは、これらの「邪霊」はそのような陰気な環境が好きだからだ。こうして人は「病気」を得てしまう。古人が言った「鬼迷心竅」(鬼に心が迷わされた)という言葉や、「良心に背くようなことをしない限りは、鬼が扉をたたくことを恐れない」という言葉も、皆その理である。つまり、人の心が正しくないことが「邪気」を生じ、「邪気」のある環境が形成されると、このような悪いものが体に引き寄せられてくるのだ。

 平先生の言葉に、神医はしきりにうなずき、拍手しながら、「聞君一道,勝修百年」(君の説く「道」を一言聞くのは、百年修行することにも勝る)と言った。

 ※「山海経」(せんがいきょう)- 中国の地理書で、今日の地理書ではない。古代中国人の伝説的な地理認識を示すものであり、「奇書」として扱われている。

 ※陰陽宅-陰宅と陽宅の総称。陽宅は、人間が住む住居、陰宅は墓地を指す。

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(翻訳編集・柳小明)


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