THE EPOCH TIMES

因果応報に狂いなし

2012年09月03日 07時00分
【大紀元日本9月3日】古代中国の物語によると、富も名声も、過去世で積んだ徳と業によって決められるといいます。そして、人生を決めるその要素は、自分自身だけでなく、子孫にも積み重なることがあります。ちょっとした善行も過ちも、天から見れば一目瞭然。それによって、人生の方向は決まっていくのです。

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 宋朝の時代(960-1279)、曹州の汀梁という所に周栄祖という学者がいた。彼の祖先は代々非常に裕福だったが、彼の祖父はそれに加えて信仰心に篤かった。彼は毎日念仏を唱え、貧しい人々に喜んで施しをした。一方、周栄祖の父親は神仏には無関心で、住居の改修を行うときには、費用を抑えるために祖父が建てた仏院を壊して建築材料に使う有様だった。

 父親が亡くなり、周家の財産を受け継いだ周栄祖は、科挙の試験を受けるために妻と幼い息子・長寿を連れて都へ上った。彼は父から受け継いだ遺産のほとんどを裏庭に埋め、ほんの少しだけ自分の荷物に入れると、留守中の些事を下男に任せて家を後にした。

 一方、同じく曹州に、賈仁という男がいた。非常に貧しく、泥運びや壁職人としてなんとか毎日の生活を支えていた。彼はたびたび寺を訪れては、仏に向かって嘆いていた。「なぜ私はいつまでもこのように貧乏なのでしょうか?もし少しでも財を与えて下さるなら、未亡人や孤児、年寄り、貧乏人たちに施してあげるのに。どうかお恵みを!」

 ある日、軒下でうとうとしていた賈仁は、ふと小神と福の神が、彼の徳について話し合っているのが聞こえた。福の神は言った。「賈仁は過去世で、天地を敬わず、親孝行もしなかった。仏を中傷し、僧侶たちの悪口を言った。殺人も犯したことがあり、水や食物を粗末に扱った。今世では、彼は飢えと寒さで死ぬ運命なのだ」。賈仁はそこまで聞くと、飛び上がって福の神に許しを乞うた。「どうか、ご慈悲を。ほんの少しの衣服と食物をお恵み下さい。私の両親が健在だった時、私はできるだけの親孝行をしました」。すると、小神は言った。「確かに、賈仁はあまり善行を積んでこなかったが、両親に対してとても従順だった。彼のちょっとした親孝行に報いてやるため、他に福を貸してくれそうな家族がいるか探してみてはいかがでしょうか?」福の神は答えた。「周という一家の福を見ている。この一族は多くの福を積んでいるが、仏に対する不敬を働いた者がおり、これは罰に値する。ここで、周家から賈仁に20年の福を移そう。20年後、賈仁はその福をまた周家に返さなければならない。これで上手くいくのではないか?」小神は賛同した。夢から覚めた賈仁は、果たしてこれが本当のことなのか分からなかった。

 ある日、周栄祖の見張りが居眠りをしている間に、家に泥棒が入った。金目の物はすべて盗られ、お金に変えられそうなものは、裏庭にある古びた壁だけ。見張りはすぐに、壁職人の賈仁のところへ行き、古壁を売った。賈仁が古壁から使えそうなレンガを掘り出していると、その下に石版がある。掘り起こすと、そこには金銀のレンガが見つかった。賈仁は大喜びし、早速それを元手にビジネスを始め、土地や船も購入した。彼は結婚し、ますます富み栄えたが、跡取りが生まれなかった。そこで、雇っていたチャンという男に言った。「このような大きな財を成したのだから、ぜひ跡取りがほしい。男児でも女児でもいいから、養子を探してくれないか」

 一方、周栄祖は科挙の試験に失敗し、都を後にした。家に戻ってみると、財産はすべて盗られ、壁に隠しておいた遺産である金銀のレンガもなくなっている。3人はやむなく家を売り、貯蓄も底を尽きると、乞食をしながら生活を続けた。ある日、周栄祖が飲み屋に物乞いに入ると、チャンとであった。チャンは、周栄祖に相談した。「私の旦那様が、養子を探している。もし子供を養子に出せば、将来、旦那様の財産は子供のものになる。どうかね?」周栄祖は妻と相談し、泣く泣く子供を手放すことにした。飢えと寒さで苦しませるより、裕福な家で暮らしたほうが子供のためになると考えたのだ。

 賈仁は子供を賈長寿と名づけ、養子であることは秘密にして大事に育てた。長寿も徐々に過去を忘れ、賈仁を本当の父のように思うようになった。数十年が経ち、賈仁と妻が亡くなると、長寿が家を継ぎ、家業はますます繁盛した。

 一方、周栄祖とその妻は親戚を訪ね歩いたが、助けてくれそうな人は見つからなかった。二人は物乞いをしながら曹南村に着くと、息子の暮らしぶりが見たくなった。ふと大きな薬屋の看板が目に入り、中に入るとチャンと出会った。チャンは二人との再会を喜び、養子となった息子について語った。「旦那様は亡くなったので、今は息子さんである長寿がビジネスを引き継いでいますよ」。チャンは長寿と二人を引き合わせ、数十年前に養子に出されたことを伝えた。長寿はすぐに6歳の頃のことを思い出し、賈仁から引き継いだ金銀を周栄祖に渡した。周栄祖がその金銀をよく見ると、そこには「周奉」と刻印されている。周栄祖は驚いて、これは祖父の名前であり、周家の所有物であると言った。「なぜ、これがこの家に?」

 チャンは、数十年前に、貧乏な壁職人だった賈仁が一夜にして金持ちになったことを思い出し、それを話した。「旦那様は、周家の古壁から金銀を見つけたが、名前入りのものには手をつけなかった。その代わりに、周家の息子を養い、その財産をしばらくの間、管理していただけだったのだ」。周栄祖は、ため息をついて言った。「まさに、因果応報である」

 その後、長寿は周栄祖とその妻を家に招いた。周栄祖は、周家の祖先が財を成し、信心深かったこと、またその一方で、周栄祖の父親が神仏を敬わず、仏院を壊したことなどを話した。その後、三人は周家に戻ってきた金銀を使い、困っている村人たちを助け、仏院を建てることにした。長寿は再び周を名乗り、一家は仏を敬い、ますます富み栄えたという。

 (翻訳編集・郭丹丹)


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