THE EPOCH TIMES

高智晟著『神とともに戦う』(74)権利を護りぬいた軌跡「ヒューマニズムに勝るものなし」(2)

2012年10月16日 10時30分

【大紀元日本10月16日】「どうにもならない」その上「なんともしようがない」と実感させられているのは、この数年来、法輪功修煉者を連行する口実がとんでもない理由にまで発展してしまったからだ。郝秋燕さんは無実の夫に着せられた冤罪を晴らす為に弁護士を頼んだ結果、「思想転化どころか、益々活発になった」という拘束理由を石家庄政府から言い渡されたのだ。この全く道理が通らず、陰険で偏屈な支配心理のもとで下された判決によって、彼女は未だ違法に監禁されている。また地方にいる法輪功修煉者が、私からの調査を受けたがために、拘束や審問などの思いがけない悲劇に直面し、酷い場合は殴打や拷問などの憂き目を見たこともあった。中には私からの調査を受けた数時間後に乱暴な家宅捜査を受けるという、大惨事につながってしまったケースもある。そのため、悔しい涙を飲み込み、不本意ながらやむを得ず真相調査を中止する結果になってしまった。残忍な暴力をもって自由信仰者を抑圧するという、この人民政府の選択は、6年前から突然始まったわけではない。しかし6年前に始まった、全国を挙げての法輪功信仰者への残酷な迫害は、違法手段による虐殺と拘禁の件数、範囲、残酷さ、持続性において空前(必ずしも絶後とは限らない)のものだった。その凄まじさは、自由信仰者への暴力による弾圧の歴史において記録的だった。6年が経過したが、各地方当局に法輪功信仰者への残酷な迫害から足を洗おうとする意思は全く見られない。黄偉夫婦が違法拘禁されている期間、烟台市で12名、重慶市で6名の法輪功修煉者が新たに連行され違法に拘禁されたことが判明した。これらの最新実例はまさに、人道に立ち帰ることを各地方当局が拒んでいることを裏付けている。

 法輪功信仰者は、人間性を失った政府の統治下で、この巨大な災難に6年間も耐えてきた。しかし、各地方当局にいまだ暴力の手を緩める意思が全く見られない中、少しずつ無視できない変化が起きている。専門家、学者及び一般人、さらに体制内部の職員を含めた私の周囲の人々は、政治運動式の弾圧をもって法輪功への迫害を続けながらその違法性を正当化してきた政府のやり方と、法律の枠外で行われている迫害に対して日増しに疑いの目を向けるようになり、多くの民衆の間で自然と注目の話題となっているのだ。数年前「法輪功」の話題に触れるだけで、人々が恐怖に怯えて静まりかえっていた頃とは、明らかに状況が変化した。ますます多くの人が、「法輪功」の身分を持つ同胞、民衆に対して政府が行なっている残酷な迫害の不正さ、非人道性および違法性を認識し始めた。一方、このような変化が迅速かつ広範に起きているのとは対照的に、政府の古い習性は全く変わっていない。この鮮明な対比には大いに考えさせられた。

 最近、国内の著名進歩学者・郭飛雄氏は文章を発表し、「信仰の自由を踏みにじることは人類文明の心臓を破壊するに等しい」と述べた。ここ20年で、中国の社会情勢、中国人の思想と意識は「文化大革命」の時代と比べると、まるきり異なるまでに変化した。これはすでに中国社会の現実となっているのだが、一方で現在の権力集団が中国を統治するにあたって、今なお「文化大革命」時代の旧弊を貫いているという深刻な現状についても、世の人々ははっきりと見極めなければならない。「六四天安門事件」で、民主と自由を求めただけの同胞を虐殺しただけでは飽き足らず、無辜の民衆の鮮血にまみれた黒い手で、またしても屠殺刀を振り上げたのだ。「天安門事件」の流血とむごたらしさが、中国国内で起きた恐怖と災難の歴史だと言えるなら、「法輪功」者への残忍さと流血は、今なお継続中で先の見えない現実なのだ。「法輪功修煉者への迫害の残忍さと深刻さは、天安門事件と比べて勝るとも劣らない」と、著名学者・藤彪如氏は述べた。この意見は中国国内の大多数の学者の見解を代表しているだろう。

 (続く)

 (お詫び)読者の皆様へ。翻訳者などの事情により、本連載が約11カ月間、中断しておりました。ここに深くお詫び申し上げますとともに、連載再開にあたり、引き続きご愛読いただけますようお願い申し上げます。

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