抗日戦争ドラマ出演の日本人俳優、複雑な心境明かす

2013年03月16日 20時50分
抗日戦争ドラマに出演する日本人俳優・矢野浩二さん(撮影・福岡諒祠)

【大紀元日本3月15日】日中戦争から60周年の2005年頃から、毎日のごとく中国国内で放送されてきた抗日戦争のドラマ。中国有力紙「南方週末」はこのほど、冷血無情な日本兵を演じることで、中国で顔が知れ渡った4人の日本人俳優を取材し、彼らの複雑な胸の内を探った。

 矢野浩二さん、三浦研一さん、渋谷天馬さん、塚越博隆さんの4人は多くの抗日ドラマで殺人鬼のような日本兵(中国語呼び名:日本鬼子)を演じている。

 2005年、中国で2年間の浪人生活を送った後、荷物をまとめて日本に戻った塚越さんだか、まもなく、中国の映画監督・楊陽さんからの電話が入った。「もうすぐ抗日戦争勝利60周年だから、たくさんの抗日ドラマを撮る」

 初出演の「闘牛」から、様々な日本兵を演じてきた彼は困惑を隠せない。「多くの人物は日本人に似ても似つかない」

 ある時、大雪の中での遠征シーンを撮影する際、監督はとんでもない指示を出してきた。通りすがりの村で女性を見かけた彼が素早く馬から降り、彼女を強姦するというのだ。

 「監督、これはありえないことですよ。こんなに寒いのに、だれもこんなことをしようと思わない」

 監督は彼の素朴な疑問を一蹴した、「お前は知らない。あの時代の日本人はこうなんだ」

 塚越さんが出演した多くのドラマでは、監督から大抵このような要求を突きつけられるという、「撮影カメラが回った瞬間から凶悪な様相になれ」と。「もう反射的に、時々、眉がびくびくと震えが止まらない」と彼は真剣に悩んでいた。

 「日本鬼子」を一層リアルに演じるため、矢野さんは中国の抗日戦争の映画やドラマを大量に観て、その演技を学ぼうとした。ある時、彼はふっとひらめいた。「なるほど、彼らが演じてほしいのは、凶悪極まりない日本兵だ」

 渋谷さんにとって、「日本鬼子」を演じる俳優の道のりは決して平坦ではなかった。中国にやってきた当初、頻繁に監督の面接を受けた彼は、「あなたは痩せすぎ、表情も怖くない。鬼子にまったく似ていない」とよく門前払いを受けたという。

 三浦さんは、いくつかの作品に出演してからやっと悟った、「なるほど、中国の監督は本物の日本人を描きたいではないのだ。日本語でセリフを読めばそれで十分」。2005年、彼はドラマ「私の母趙一曼」の中で、抗日戦争で有名な女性民族英雄と讃えられている趙一曼さんを殺害する日本軍の隊長を演じることになった。出演が確定してから、彼は2週間も費やして役作りに没頭した。

 いよいよ撮影が始まった。初日、三浦さんは渾身の演技で臨み、処刑を命令する直前の隊長の内心の葛藤と、決断に迷う心情を存分に表し、セリフも表情の変化も申し分なかった。しかしなぜか監督は釈然としない様子だ、「こんな面倒くさい演技はいらない。あなたは処刑マシーンの電気レバーを押すだけでいい」

 2002年から60回以上「日本鬼子」を演じてきた三浦さんは、同一題材の映画に対する、中国と外国の監督の処理の違いを痛感したという。2009年、彼はドイツ人監督の映画「拉貝日記」でメガホンを持つ日本兵を演じることになった。メガホンを手に、「食事に行く」と称して中国軍の捕虜たちを呼び集め、処刑場に連れて行くシーンだった。

 「監督、この兵士は、捕虜たちがこれから処刑されるのを知っていますか」

 このことを考えもしなかったドイツ人監督は驚いた。二人はじっくりと事の展開を探究し、最終的に「この日本兵は処刑のことを知っていた」との結論を出した。そして監督からは、セリフを発するとき、「微かに震えた声で」と注文された。緊張と恐怖を表すためだという。この件を通して、三浦さんは中国監督と外国監督の演出の違いを痛感したという、「彼らは日本兵を生身の人間としてみている」

 経験を積むにつれて、彼も監督たちに自分の意見を言うようになった。あまりにも不自然な日本語表現とか、キャラクター化し過ぎる日本兵のことなど、どんどん駄目出しをするようになった。

 塚越さんもいつの間にか監督に対して、役への理解を話しはじめた。あるとき、「ドラマの中の中国軍はいつも優位に立ちすぎる、若干、勢力に均衡が取れていたほうが、もっと見所があるはず」と異見を呈したところ、男性主人公を演じる中国人俳優が彼の前にやってきて、顔を睨み付けながら「中国人、無敵」との五文字を絞り出した。

 ある切腹自殺のシーンでは、監督は塚越さんに高度な技を注文してきた。自殺しながら血だらけの指で『謝罪』という文字を書けというのだ。それでもやはり場の雰囲気が足りないと、最後はなんと「泣きながら切腹する」と要求してきた。

 「中国ドラマの中では、98%の日本人は亡くなる運命だ」

 日中の挟間に生きる

 撮影の休憩時間に、抗日戦争のことがよく話題になるという。「最後はいつもケンカ別れ。彼らは常々私を罪人扱いし、全員に対して謝らせようとする」と塚越さんは肩身の狭い境遇を語った。

 時には恨みの発散の矛先にされてしまう。2009年、村民に捕らわれるシーンを撮影するときの出来事だった。意識を失い地面に倒れた日本兵に扮する彼は、監督の「カット」の合図を待っていた。なんと突然、一人の老婆が彼を襲った、「この小日本鬼子」と叫びながら渾身の力で彼の首を絞めてきたのだ、「殺されるかと思った」という。

 同胞の日本人にも嫌われている。2003年からの2年間、矢野浩二さんが出演する抗日ドラマが何本も放映され、2chでは彼への批判と罵声が溢れ出た。2007年、帰国した彼が友人とレストランで食事をしているとき、隣のテーブルの人に襟を掴まれて、「なぜこんな者を演じるのか」とすごい剣幕で怒鳴られた。

 暇を見つけては、北京市内の料理屋で食事会を開く4人。「もう悪魔の役はこりごりだ」と本音が炸裂。あるとき、三浦さんは一人の日本人留学生にこう言われた、「もうこのような役はほどほどにしたら。日本人が皆こんな人間だと思われるのは嫌だ」

(翻訳編集・叶子)
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