<赤龍解体記>(108) 毛沢東の名作が大気汚染バージョンに 両会でも話題

2013年03月11日 14時40分
3月9日の北京天安門広場。強風、黄砂、降温、PM2.5に襲われる通行人。(Photo/Feng Li/Getty Images)

【大紀元日本3月11日】北京の大気汚染が悪化する中、「両会」(全国人民代表大会・全国政治協商会議)が開かれた。スモッグ、黄砂、PM2.5はたびたび会議の話題に上り、代表らに危機感をのぞかせる一方、涙ながらに環境改善の取り組みを訴えた記者に応答する代表はいなかった。

 中国科学院の院士で政治協商会議委員の姚檀棟氏は7日、会議のなかで、インターネットで有名になった諧謔詞「沁園春・霾」を朗読したところ、同席した委員の爆笑を誘った。同会議に出席した習近平主席も堪えきれずに笑ってしまったという。

 この「沁園春・霾」は、毛沢東の詞「沁園春・雪」を書き換えたものであり、語呂よく韻を上手に踏んだうえ、軽妙な現代語とりわけ諷刺的な口調で北京の大気汚染を揶揄している。次は、それの現代語訳である。

 「沁園春・霾」(1)

 北京の風光は、千里のはてまで朦朧たり、

 万里の果てまで塵が漂っている。

 四環(2)の内外を望めば、濃霧が莽莽(ぼうぼう)たり、

 鳥の巣(3)の上も下も、汚い靄は滔滔(とうとう)たる。

 車は長蛇を舞い、煙は道路を封じ、六環を疾走したくてたまらず、

 晴日を須(ま)って、心を尽して車の内外を洗って掃除しよう。

 空気は此れの如く滅茶苦茶であり、

 無数の美女を引いて競ってマスクをかけさせる。

 だが惜しいことに一枚のマスクで顔を遮れば、

 せっかくの化粧は無駄になってしまう。

 ただ双眼だけを顕しては、その色気が判り難い。

 一代の天驕(4)である中央テレビ局のさるまた(5)までも、

 ただ尻だけが見えて腰は隠れている。

 塵が肺に入っていても、命を惜しまない者がおり、

 未だに早朝に体操をやる。

 一方、両会中に大気汚染について質問し、有名になった海外メディアの女性記者がいる。発言中に何度も感極まって涙ぐんでしまう同記者に「良知のある記者だ」と賞讃された。

 「大気汚染の話になると、どの代表も自身の管轄ではないと言います」と切り出した記者は「すべての人は呼吸するのです。誰も汚染から免れることができません。しかし、個人にしても企業にしても今までのやり方に固守していれば、環境の改善は見込まれるのか」、「ここまで汚染され、寿命が縮まり、苦痛の中で生きているのであれば、GDPの増加は意味があるものなのか?お金があっても何の役に立つのか」と訴えた。

 最後に、「ぜひ各自のポジションで何らかの行動を起こしてほしい」と代表らに呼びかけ、「皆自分に責任がないと言いますが、私は今回の取材活動を車ではなく地下鉄で移動している」と締めくくった。

 記者の質疑にどの代表も応答しなかったという。会議の進行役は「彼女は自分で答えを出したようだ」とその場をやり過ごした。

 この出来事はメディアに大きく取り上げられた。もし習主席の知るところとなったなら、それでも笑えるのであろうか。

 

 注:

 (1)霾(バイ)=汚い靄のこと。

 (2)四環=北京市中心部を周回する都市環状道路であり、後の「六環」も同じ。

 (3)鳥巣=2008年北京五輪開催時のメインスタジアムであり、鳥の巣の形に酷似していることから、その俗称を得た。

 (4)一代の天驕=漢代の人が匈奴単于に対して用いた称呼。天の寵児の略である。

 (5)中央テレビ局のさるまた=中央テレビ局(CCTV)の新本社ビルは、ショートパンツに似ているので、国民から俗にそう呼ばれ、揶揄の意味が濃い。

(呈工)


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