世界最古の石橋 趙州橋

2013年03月26日 07時00分
【大紀元日本3月26日】世界中に残された数少ない古代建築物にはそれぞれ先人の知恵と優れた技術が凝縮され、美しい逸話が残されている。その一つが1400年前に造られた世界最古の趙州橋である。

 趙州橋は、安済橋、趙州大石橋とも呼ばれる。中国河北省趙県の南2.5キロの洨河に隋代大業年間(605~617)に建造された全長64.40メートル、幅9.6メートルの世界初の石造りのアーチ橋である。

 趙州橋は今日まで数え切れないほどの馬車や人々の重さに耐えてきただけではなく、10回の洪水、8回の戦乱、何度かの地震にも耐えてきた。さらに近代になり、バスやトラックの重さにも耐え抜いた。河床砂利の上に石材だけで造られたこの橋は、堅固なだけでなく神々しい。

 伝説によると、西王母は牽牛と織女を会わせないように、河北省西部を流れる洨河を自分のかんざしで掘ってこしらえた。その後、この河は天上の銀河に繋がる「通天の河」と呼ばれ、夏と秋の雨季には雨や数本の川が合流し、洨河の水が一気に増え激流になる。洨河両岸の住民は渡し船で往来するが、非常に不便で危険でもあった。

 ある日、魯班は趙州を旅した折、激流の洨河に一本の橋もかかっていないことを知り、自分で橋を架けることにした。その日の夜、魯班は神通力を発揮して西側の太行山に行き、そこに転がっていた多量の青石を一群の羊に変え、その群れを洨河の側に連れてきて青石に戻した。彼はこの青石を使って一夜の内に頑丈で美しい「趙州橋」を造り上げたという。

 この話は直ちに庶民の間に伝わり、間もなくして仙界にも伝わった。蓬莱島に住む仙人の張果老と柴王爺は下界に下りて、その橋を見にやってきた。

 張果老がロバに乗り、柴王爺が小さな一輪車を押して趙州橋に来ると、ちょうど得意げな顔をして自分の建築物を鑑賞している魯班に出会った。張果老は魯班に「この橋はあなたが造ったのですか」と尋ねた。彼は「はい、そうです。何か問題でもありますか」と答えた。張果老は自分のロバと柴王爺の小さな一輪車を指して、「私達はここを通りたいのですが、この橋は支えきれますか」と尋ねた。魯班はこの二人が仙人であるとは知らず、「この橋はロバや馬でも通れるし、金の車や銀の輦(れん)が通ったこともあります。このロバと小さな一輪車を支えきれないはずはないでしょう」と強い口調で答えた。

 有頂天になっている魯班の心を気づかせるために、張果老は法術をもって太陽と月の重さを集めてロバに乗せ、柴王爺は法術で五大名山の重さを集め一輪車に乗せた。二人が笑いながらロバと一輪車とともに橋を渡った途端、橋はぐらぐらして崩れそうになった。魯班は慌てて河に飛び込み、手で橋を支え、何とか橋を守った。魯班はおごった態度を改め、彼の心も成長し、橋は一層頑丈になったという。

 石造りの趙州橋が長い歳月の中で様々な自然災害に耐えたのは、仙人によって守られてきたからかもしれない。今でも橋の上には張果老が乗っていたロバのひづめ跡と柴王爺が押していた一輪車の車輪の溝が残っている。その地方の民謡は、「趙州の石橋は魯班が造り、玉石の手すりは聖人に残し、張果老はロバに乗って橋を歩き、柴王爺の一輪車で車輪の溝が残った」と謳っている。

 (翻訳編集・東山)


 

 

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