【漢詩の楽しみ】 小 園(しょうえん)

2013年06月08日 07時00分
【大紀元日本6月8日】

村南村北鵓鴣声
水刺新秧漫漫平
行遍天涯千万里
却従隣父学春耕

 村南村北、鵓鴣(ぼっこ)の声。水は新秧(しんおう)を刺し、漫漫として平らかなり。行きては、天涯に遍(あまね)きこと千万里。却(かえ)って隣父(りんぽ)に従い、春耕(しゅんこう)を学ぶ。

 詩に云う。村の南からも北からも、鵓鴣の鳴く声が聞こえている。水田には、この春に植えた早苗が並び立ち、漫々として、どこまでも広がっている。これまで国事に奔走すること千万里に及んだ私だが、今は郷里へもどり、近隣の農夫のおやじさんについて畑仕事を学んでいるよ。

 南宋の詩人、陸游(りくゆう、1125~1210)の作。

 詩中の鵓鴣は、鳩にちかい鳥らしい。題名の小園は、作者が所有する領地をさすが、その言葉の通り、糊口をしのぐだけの「小さな農園」であるかどうかは分からない。おそらく作者の詩的表現であり、実際は十分に広い土地であろう。

 作者は今、官職を罷免されて郷里の浙江に帰ってきている。所有する農園があるので、隠居しても生活に困るわけではない。その土地が広いと先に述べたのは、「地主の旦那さまである作者が、今は農夫について畑仕事を学んでいる」というこの詩の妙から、逆に想像できるからである。

 ここでいう畑仕事とは、もちろん生活に必要な生業ではなく、隠者の余技であるとともに「世俗に未練なし」を示す作者の心意気でもある。それは、官界復帰の機会をじっと待つ陸游 の本心と矛盾するものではない。

  陸游このとき57歳。その前年、赴任していた撫州(江西省)で水害があった。陸游は被災民を救済するため独断で官有米を放出する。その人道主義が都で弾劾されての罷免であった。

 陸游は、85年の生涯のなかで4回の罷免を味わっており、詩中のそれは3回目の免官にあたる。約1万首の詩を遺したこの大詩人が、相当な硬骨漢であったことは間違いない。

 
(聡)


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