【伝統を受け継ぐ】仏像彫刻 工房「祥」

2013年10月31日 07時00分
【大紀元日本10月31日】「ご自分のお地蔵さんを作ってみますか。指導しますよ」との親切な提案に、つい「やってみようかな」という気になった。彫刻刀と言えば、小学校のゴム版以来手にしていないというのに……。親切な仏師さんは南都(奈良)仏師、仏像彫刻工房「祥」の主である矢野公祥さんだ。

 奈良県生駒市にある工房「祥」に併設した仏像彫刻教室へでかけた。広い部屋の壁を背にして、十数人の男女がせっせと手を動かしている。時おり矢野さんのところへ作品を持って行き、指導を受ける。二人の間に軽妙な会話が始まる。
矢野公祥さん 仏像教室にて(撮影・Kluas Rinke)

周りから合いの手が入る。穏やかで和やかな雰囲気だ。

 さて「自分のお地蔵さま」、手渡されたのは小型のかまぼこ板ほどの大きさの檜だ。先ず、彫刻刀の使い方を習う。「手を切っても大事にならんようにね。薬指でブレーキをかけるように刀を使います」。板の上に鉛筆で数本の線を引いてもらって作業開始。不要なところを削って取り除いていく。だいぶ削ったと思ったがなんとなくのっぺりしている。矢野さんの一刀が入るとスパッと立体感が増し、表情が現れる。手の動きは同じ刀を使っているとは思えない滑らかさだ。助けられながら、お地蔵さまのレリーフが出来上がった。いつの間にか3時間余りが過ぎていた。

 「初めて自分で地蔵さんを彫り上げたときは、感動しました。この感動を皆さんに伝えたくて、教室を開いています」と矢野さんは語る。関西各地の文化センターなどで教室を開く矢野さんだが、生徒は100人を数えるという。「一度始めた人は、何十年と続けています」。その理由について「仏像は創るというよりも、木くずを取り払うと
仏像彫刻体験用の地蔵菩薩レリーフの見本

仏さんが現れてくるという方があたっています。お迎えするという感じですね。今も、一体彫り上がる度に、ええなーと思いますよ。たぶん生徒さんも同じ気持ちなんでしょうね」と語る口調はさらりと穏やかだ。

 毎年春に、矢野さんとお弟子さんたちの作品展「仏像彫刻美術展」が生駒市の芸術会館美楽来(みらく)で開催される。次回は、2015年4月10日から13日を予定しているという。

 注文に応じて、寺院や個人宅に仏像を納めてきた矢野さんだが、「特にこれが得意とか、好きとかいうことはないのです。求められれば何でも造ります。目下は、春日さんからの注文で狛犬の制作に取りかかっています。これで陰・陽両方の仕事をさしてもらうことになります」。春日さんとは奈良の春日大社である。

 奈良に都がおかれた頃に創建された春日大社では、1200年以上にわたって20年に一度、本殿以下の社殿を建て替える式年造替が連綿と行われてきた。第60次式年造替を平成27、28年に控えている大社では、その準備が着々と進んでいる。現在では本殿などを新築するわけではないが、大修理が行われるのだ。中に納められる神宝の類も、修理するものあり、当代の技術の粋を集めて新調されるものもあるという。本殿を護る狛犬5対10体は、室町垣xun_ネ来数百年振りに新調されるのだ。

 春日有職檜物師職預(かすがゆうそくひものししょくあづかり)を任命された矢野さんは、平成24年に金地に緑色のたてがみを持つ獅子と金地に青の狛犬の1対を納め、残り8体を28年までに納めることになっている。「材料は、春日さんの鳥居の古材ですから、割れ目もあるし、節もあって、なかなか困難です。今のものは風雨でいたんでいるので、江戸時代の彩色の資料を参考にしながらの作業です」。工房の奥にある和室には、しめ縄が張り巡らされ、作業は彫りから塗りまですべてその内で行われる。不浄のものが入れない結界である。手伝うのは、学生時代から教室に通ってくるようになった工房のお弟子さん、折上稔史さんただ一人である。

 矢野さんが仏像を彫り始めて30年あまりになる。大学を卒業して食品会社に勤めること5年、「これは私の仕事じゃないなと思いました」。子供の頃から、他のこどもがプラモデルに夢中になっている中、その図面を見ながら精巧な木彫りの飛行機などを作っていたという矢野さんの興味は、いつしか仏像彫刻へと移っていった。「1年ぐらい本を頼りに独学でやってみましたが、全く仏さんにならんのです」。矢野さんが師事したのは、昭和の大仏師、松久宗琳である。そこで初めて、仏像をお迎えする感動を得たのだった。

矢野公祥作 十一面観音像(撮影・Kluas Rinke)

矢野公祥作 地蔵菩薩像(撮影・Kluas Rinke)

矢野公祥作 不動明王像(撮影・Kluas Rinke)

矢野公祥作 愛染明王像(2013年仏像彫刻美術展、撮影・マキシム朗子)

(温)

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