〈在日中国人の目〉夢を失った中国 月探査が成功するも市民は「無用の長物」

2013年12月18日 13時23分
【大紀元日本12月18日】日本に「かぐや姫」という物語があるように、中国にも「嫦娥、月に奔る」という神話がある。最後は月に上がるというところは、どちらも同じである。古から、人類は月に対して何らかの憧憬を抱いているのであろう。

 12月14日、その神話に基づき名付けられた無人月探査機「嫦娥3号」の打ち上げを成功させた。中国人が月面に立つという夢の実現を引き寄せた一方、「無用の長物」と冷ややかな声も聞かれた。

 打ち上げ成功を報じたテレビ番組に、視聴者から「市民の生活と何の関係があるのか」とその意義を疑問視するコメントが寄せられている。国威発揚と現指導部への求心力につなげたい中国政府の打算はすっかり外れた。「目に見える利益がなければ、価値が無い」。単なる拝金主義とも受け取れるこの価値観は今、中国社会に深く根付いているからだ。

 4年前、広東省のある小学校で「将来は何になりたいか」と調査したところ、ある女の子は「汚職幹部になりたい」と回答し、話題になっていた。それが手っ取り早く地位と収入を確保する手段だからであり、そこには職業への夢や希望といったものは存在していない。

 7年前に助産婦1人が切り盛りする小さな助産院で長男を出産した。その際、助産婦は長丁場に及ぶ出産に、それこそ不眠不休で付き添ってくれた。出産後も長男の世話やわたしの身の回りのことすべてを、一人でこなしていた。手伝いのために来日した母は、「中国ならば、きっと模範人物に選ばれる」と、その働きぶりに驚いていた。

 この仕事に就いた理由を彼女に尋ねると、「好きだからですよ」という一言が返ってきた。一方の中国では、大学の専攻選びの基準は卒業後の「就職率」と「収入」など、現実的なものばかり。今も入試前に「今年の最もホットな専攻」が発表されている。改革開放が打ち出された80年代では国際貿易、コンピュータが流行りだした90年代では情報処理が、もてはやされた専攻であったと記憶している。夢を追っかける若者の姿はもうそこにはない。

 こうした利益至上主義は今、環境汚染、有毒食品やニセモノの横行など中国社会に大きな歪みを生じさせ、そして人々の道徳の低下、信仰の欠如、やみくもな消費を招いた。

 今年大ヒットしたテレビドラマ「半沢直樹」の中で、「人生には夢も金も必要だ」というセリフがあった。夢を持てなくなり、金の亡者となった中国人の人生はあまりにも空しい。習近平主席は、就任直後「中国の夢」というスローガンを掲げたが、個々の夢も想い描けない社会において、国家の夢の実現など、それこそが絵空事のように聞こえる。

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