【ぶらり散歩道】 東叡山 浄名寺

2014年10月20日 07時00分
【大紀元日本10月20日】JR鶯谷駅で下車して、言問い通りに架かる陸橋を渡ってだらだら坂を上って行くと、道路より一段も二段も下がった場所に寺があった。一度は通り過ぎたのだが、後ろ髪を引かれる思いがして後戻りした。ここが江戸六地蔵の六番で、旧8月15日のへちま供養には、せき、ぜんそくに効能を願う人で賑わう寺だった。

 この寺は初め浄門院と言い、1666年(寛文6)に寛永寺36坊の一つとして創建された。そして1823年(享保8)に浄名院となった。表門は享保年間(1716~35)の建立と言われている(図1)。ベンチが置かれているのは、高齢の参拝者にはうれしい配慮である。

 地蔵信仰の寺になったのは第38世地蔵比丘妙運和尚の代からで、25歳で日光山星宮の常観庵にこもったとき地蔵信仰を得て、1千体の石造地蔵菩薩像建立の発願をたてた。明治12年、1千体の願が満ちると、さらに8万4千体建立の大誓願に進んだ。

 境内にある青銅製の大きな地蔵菩薩坐像(江戸六地蔵;図2)は、かつて江戸六地蔵第六番の地蔵菩薩像があった深川永代寺が明治維新のとき廃寺になったためと、日露戦争の戦没者を弔うため、明治39年に建立されたものである。(台東区教育委員会掲示より)

 さして広くない境内に、さまざまな地蔵菩薩像が安置されているのは壮観である。へちまを持った地蔵菩薩も、地蔵堂近くに建立されていた(図3)。立像あり、坐像あり、さまざまな表情があって、地蔵菩薩を一体一体見ていても飽きることがなかった(図4)。総数を数えることはしなかったが、境内はよく清掃されていて、実に気持ちが良かった。もう一度、ゆっくり参拝したい寺だった。

天台宗 浄名寺 東京都台東区上野桜木2-6-4

図4 8万4千体の菩薩像のほんの一部

図3 地蔵堂の横にへちまを持った菩薩が建っていた

図2 他の菩薩さまを圧倒している地蔵菩薩坐像

(江間十四子)
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