周恩来総理ら、香港民主化問題で英国政府を脅迫していた=英国解禁公文書

2014年10月30日 19時35分
【大紀元日本10月30日】「民主の模範と標ぼうする英国は(香港を統治した)150年の間、香港同胞に一日たりとも、確かな民主を享有させなかった」。これは、長官選挙制度民主化を求めるデモが起きた翌9月29日、中国共産党機関紙「人民日報」電子版の評論記事の言葉だ。一方、英国立公文書館が最近公開した関連公文書によれば、1950年代から、英国政府は幾度も香港で国際慣例の普通選挙を実施しようとしたが、中国政府の強い反対を受け、実現しなかった。

 公開された公文書の記載では、1960年、当時香港事務を主管する中国指導部高官・廖承志氏は「そうなった場合、我々は断固として、香港を奪還するための軍事行動をとる」と英国側を脅迫し、またその2年前の両国間会議で、当時の周恩来総理は、香港で自治を導入するいかなる試みも、中国政府にとって「非常に非友好的な行動」と「陰謀」であると警告を発し、香港の独立を頑として容認しないと強調した。

 中国政府の脅迫が功を奏したかは不明だが、あれからの数十年間、英国側は香港における普通選挙の実施を推さなかった。時は1990年代に入り、両国間で返還に向けて実務協議が始まった。普通選挙の実施を強く求める英国側に対し、中国政府は1990年、返還後の普通選挙で香港のトップを選出すると約束し、その内容は香港特別行政区基本法にも盛り込まれた。

 1993年、人民日報の報道は、香港事務を主管する当時の中国指導部高官・魯平氏の見解として、「返還後の香港における民主的発展は、香港の自治権範疇内のものであり、中央政府は干渉しない」と伝えていた。

 英国の最後の香港総督クリストファー・パッテン氏は1992年、返還の5年前、香港立法評議会の議員選挙で国際慣例の直接選挙を導入したが、返還直後、中国政府はパッテン提案で選ばれた議員全員を承認しなかった。

 ニューヨーク・タイムズ紙中国語電子版は28日付の関連報道で、対する複数の政治学者のコメントを紹介した。

 「北京サイドは、(一部経緯を知っている)これほど大勢の香港市民を前に公然と嘘を並べている。このことに非常に驚いている」(香港科技大学の政治学者・成名氏)

 「振り返ってみると、中国政府は最初から履行する意向のない約束を多く交わした。これこそ、人々がこれほど怒り心頭になっている原因だ」(香港育ちの米ジョンズ・ホプキンズ大学の社会学者ホウフ・コウ氏)

(翻訳編集・叶子)


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