大紀元時報
インタビュー

ゼロから億万長者へ、贅沢には無頓着 「カレーハウスCoCo壱番屋」創業者・宗次德二氏(1)

2017年04月15日 06時00分
名古屋市で3月24日、カレーハウスCoCo壱番屋創業者・宗次德二氏に大紀元はインタビュー(野上浩史/大紀元)
名古屋市で3月24日、カレーハウスCoCo壱番屋創業者・宗次德二氏に大紀元はインタビュー(野上浩史/大紀元)

 当初の目標は日商 6 万円。4 店舗目を開店させたころ、はじめて「10 店舗」目標を掲げた。店舗を着実に増やし、達成できる目標を着実にこなしていった。

 辛さ、ご飯の量、トッピングと、豊富な選択肢を揃えたカレー屋として、ココイチは大ヒット。宗次氏は、「大量に作ることができるし、冷凍保存ができる。こまかな技術はいらない」として、カレーにはビジネスチャンスあると見ていた。

 「他の社長とも比較しない、歴史上の人物も参考にしない、ひたすら真面目に現場で頑張るなかで答えが見つかると信じている」。そう語る宗次氏がずっと向き合ってきたのは、「お客様の声」だ。

 年間の利用者アンケート結果は「お客様からのファンレター」と例え、引退するその日まで、毎日 1000 通以上の回答を 3 時間あまりかけて読んだ。結果をまとめ、全店舗へ毎月フィードバックした。「お金を頂いて食事を提供した、褒め言葉はあたりまえ」で、苦情やクレームを参考にした。

 徹底した顧客至上主義と現場主義を貫く。宗次氏秘書から教わったエピソード。店舗に掲げる料理の撮影では、カメラマンが、カレーのルーの中に沈む肉をピンセットで持ち上げようとすると、宗次氏はその作業を断り「自然のままでいい、写真と現実に相違がないように」と言ったという。

 顧客との信頼を築くための小さな努力の積み重ねで、2000年には株式公開を果たした。「経営者になって誰にも負けないほど頑張った」と自負する。株式会社壱番屋の業績は、経営者として就任した 20 年はずっと増収増益。後継者となった浜島社長以後も好調は続く。

 しかし、株式公開からわずか 2 年、53 歳で引退。会長などの名誉職も断り、経営には一切口出しもせず「相談さえ不要」と言い切った。「ある知り合いの社長に、やりきったのですね、と言われて、完全燃焼したことに初めて気づいた」という。経営者としての 20 数年間、全力疾走だった。

(つづく)ゼロから億万長者へ、贅沢には無頓着 「カレーハウスCoCo壱番屋」創業者・宗次德二氏(2)

(文・佐渡 道世)

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