大紀元時報
インタビュー

反骨のルポライター・杜斌氏(下)数十万もの同胞が餓死

2017年05月15日 07時00分
反骨のルポライター・杜斌氏(下)中国共産党が恐れるジャーナリズム
反骨のルポライター・杜斌氏(下)中国共産党が恐れるジャーナリズム

 記者 資料に目を通しているとき、特に心に残ったものはありましたか?

 杜斌 1948年、中国で布教活動を行っていた宣教師の新聞『天津益世報』に、中国東北地方から数万の難民が避難してきたと記されていました。彼らは飲まず食わずで、路上で眠っていたと言います。

 記事には、「私たちは同じ人間同士、彼らに同情を示すべきです。私は難民ではありませんが、難民は私の同胞です。私は裕福ではないけれど、衣食は足りています」という読者からの手紙が添えられていました。そして、この天津の安東君という読者が、汗水たらして働いて手に入れた5000万法幣(当時の法定紙幣の単位)を、東北からの難民に使ってほしいと新聞社に寄付したことも記されていました。

 この部分はものすごく小さかったので、記事のタイトルしか判読できず、本文はパソコンに取り込んで画面上で拡大しなければ読めませんでした。読みながら、一般市民が示したこうした人間性を前にして共産党のやっていたことは一体何だろうか、胸が締め付けられるような思いがしました。

 寄付をした安東君は、68年後にこの手紙を読んで感動に打ち震え、涙を流す人物がいるとは思いもしなかったでしょうね。

 記者 あなたがこの本の執筆を考えたとき、証人を探すのは難しいと思われたそうですが、どういうところが難しいと思われたのですか?またその理由は?

 杜斌 はい。困難を極めました。長春市内を歩きながら、街角で見かけた野良犬にも「お前は1948年に長春で何が起こったか知らないか? 生存者がどこにいるか知らないか?」と問いかけたいくらいでした。

 それでも当時を知る老人を見つけ、その人と連絡を取り面会の約束をしました。するとその老人は、自分の職場に報告しなければならないというのです。79歳の老人が記者と会うのに、職場の許可が必要とは! その時私は会社を辞めていたので、身分証の提示を求められたら厄介なことになります。それで私は、それはやめてほしいと頼みました。ですが結局、その老人は職場に報告したのです。

 この人は「老兵士」で、洗脳教育の一環としてよく学生や現役の兵士に当時のことを語るように招かれ、彼自身の体験も何百回も語っていました。この老人は、たくさんの人々が餓死したのは国民党のせいだと思い、共産党が自分を救ってくれたから感謝すべきだと当然のように思っているのです。

中国内戦下の共産党軍。1948年、人民解放軍により長春市は包囲された(パブリックドメイン)

外国人は楽しいことばかり 中国人は悲しいことばかり

 数十万の人々が亡くなったこの長春事件は決して小さな出来事ではない、というのが私の結論です。当時の為政者たちは、私たち一般人を人間とみなさず、まるで家畜のように扱っていました。我々中国人は、1949年(共産党が政権を取って)から現在に至るまで、人間らしく尊厳をもって生きてきたことなどなかったと私は思っています。

 私が関心を持って読んでいる外国人のツイッターやフェイスブックの投稿は、大抵面白い、楽しい、明るく気持ちいいものですね。ですが、中国人の投稿を見ると、悲しくなるような話ばかりなのです。「○○さんが拘束された」、「△△さんの刑が確定した」といった風に、国内のインターネットには投稿できないような人権侵害についてのできごとを、外国のSNSに投稿するしかないのです。

 毎日こうした国外からの情報を目にするにつけ、非常につらい気持ちになります。

「誰にも話せないな」共産党員だった父親、息子の本をよんで

 記者 お父様は古くからの共産党員だったと伺っていますが、あなたの本をお読みになったことは?

 杜斌 父は共産党員で、町党委の規律検査部の責任者でした。私が『毛主席の煉獄』を見せた時、父は「この本を読んでも、誰にも話せないな」と言いました。山東省沂市安全局の局長が私の家に来て、父親に「政府が嫌がるような本を書くなと息子さんに言ってくださいよ」と言いました。すると父は、「そうはいっても、息子はもう大人だから、言うことを聞くこともあれば聞かないこともあるんですよ」と返答していました。

 私がこうした本を書くことは、父にとっては非常に恐ろしいことだったのです。私がニューヨークタイムズで仕事をしていたのも、父にとっては恐怖でした。父も年でしたから、家を持ち、結婚して子供をもうけるよう、とせかされたものです。

 父が病気で亡くなったとき、私は最期を看取ることができませんでした。息子としてはやはり申し訳なく思っています。そのころ私は保釈中で、身分証が警察に取り上げられていたため、北京から出られなかったのです。身分証が無ければ、列車の切符すら買えませんから…。

 しかし、確かに悔やんではいますが、私には無駄にできる時間などありません。私の持てるすべての時間と情熱を、私のなすべきことに注ぎ込むだけです。私のなすべきこととは、後世に残すべきもの、残す価値のあるものを書き記すことです。

 ですから『長春飢餓戦争』は、あのとき餓死した数十万の人々の魂に、そして私の父に捧げます。

(翻訳編集・島津彰浩)

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