大紀元時報
中国伝統文化百景

女媧の功績

2018年03月25日 06時00分
Robert Couse-Baker/Flickr
Robert Couse-Baker/Flickr

第一、前記の漢代『通志』三皇紀にある「華胥生男子為伏羲、生女子為女媧、故世言女媧伏羲之妹」に基づき、あるいは同じ伝承源によって、民間では女媧の兄を伏羲としている。第二、漢代の伏羲・女媧図(伏羲・女媧図は漢武梁祠壁画、中国山東省任城にある、漢代の武梁祠という墓の壁画の中で、伏羲と女媧の像がある)では、二人はいずれも上半身は人体であり、下半身は蛇体である。しかも二人は交尾の状態をあらわしている。伏羲は矩(かね)、女媧は規を手に持っており、二人が文明を規制することが描かれていると思われる。他にも、アスタナ古墓群など唐代の古墓から出土した伏羲女媧図も前記とほぼ同じ形をしている。第三、中原や晋東あたりの民間で口頭伝承されていた神話の中でも、大洪水により伏羲と女媧の兄妹二人だけが生き残り、人類を繁殖するために、やむをえず天意を伺ったうえ結婚した話は、広く語り継がれている。他にも、大同小異の伏羲女媧兄妹結婚の民話が多数あるが、ここでは略す。

以上の記載と文化遺跡により、この伏羲女媧兄妹の結婚という話は、ほぼ定論になってきた。しかしながら、中国神話の全般およびその内容からこの定論を検証すれば、それは齟齬(そご)するところが生じる。

まず、「華胥生男子為伏羲、生女子為女媧、故世言女媧伏羲之妹」となっているが、しかし、この話は女媧の人類創造というより古い時代のものであるはずの内容と抵触している。つまり、女媧はこの天地間にいた頃には彼女を除いて誰もいなかったから人を造ろうとしたのであり、兄など他の人は一人も存在しなかったのが合理である。

そして、天を補修する神話の中で、伏羲が脇役としても登場することなど一切見られず、終始女媧がその主人公をなしたことからも、伏羲の不在が反証された。

以下はただ筆者の仮説と推論にすぎず、今後確たる実証が必要であるが、女媧と伏羲はおそらく、先史神話の中でそもそも無関係の別々のものであったが、民間で口頭伝承されていた過程において何らかの原因により人為的あるいは無意識的にその内容が変更されたため、以降、伏羲・女媧兄妹説とりわけ兄妹結婚に至ったものであろう。

『淮南子』覧冥訓に「伏羲、女媧不設法度、而至遺徳于後世」との記述があるが、ここでは二人は併称されていても、二人の関係は明示されないし、かえってそれぞれ男神と女神の代表として二人の功績により併称されたものと理解したほうが妥当のようである。

むろん、成婚を以って人間を繁殖させるということは、女媧の人類創造の第三方式であり、それの最低かつ最終段階の作業と言ってもよいのである。

女媧は、また笙簧を発明し人類を教化していた。女媧が笙簧を発明し音楽を作成して人々を教化したことについて、『世本』作篇に、「女媧作笙簧」との記述がある。『路史』後紀二にもより詳しい記述がある。「女媧は、自分に随って笙簧を制作し風俗を通すよう臣に命じた。娥陵氏に都良の管を作って、天下の音を統一しようと命じた。聖氏に班管を作って日月星に合わせようと命じた。」

中華文明史的視点からすれば、女媧の功績は燦燦(さんさん)たる偉大なものと言わざるをえない。

(文・孫樹林)

 

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